荒野 行動 ヘルメット を かぶる と 服 が 消える。 【荒野行動】ヘッドショットが上達する5つの秘策! 【KNIVES OUT】

【荒野行動】おすすめ設定の紹介と変更方法|ゲームエイト

荒野 行動 ヘルメット を かぶる と 服 が 消える

ラフマーンによる躍動感あふれるナンバーを。 2 白夜行 / QOOLAND ボーカル/ギターを担当するバンドのフロントマン、 平井拓郎が東野圭吾の代表作からインスパイアされたナンバー。 3 Chaiyya Chaiyya / Sukhwindar Singh-Sapna Awasti こちらもA. ラフマーンによって書かれたインド映画音楽。 初出は1998年の作品『Dil Se.. スパイク・リー監督・デンゼル・ワシントン主演の『インサイド・マン』でも この曲が効果的に使用されていました。 小松左京が死んでしまった。 全身から力が抜けていく。 番組で一度、私の頭はほとんど岸田秀でできている、と話したことがあるが、 本当は半分がそうで、半分が小松左京だった。 ここ数年はまっていて抜け出せない、マルチバースの宇宙論も私の頭の中で、 半ば小松左京が「どや、おもろいやろ」とつぶやいているように 思えてしまうことすらある。 かつて朝の番組をやっていた時に最後の一週間、 ゲストに来ていただき、話をうかがう機会があったのだが、 それはもう文学、哲学、物理学のごった煮で、 知の塊に頭をごんごん殴られているかのような印象で、 眩暈さえしたものだった。 2006年に「日本沈没第2部」を小松左京+谷甲州で発表されたが、 あとがきで本人が大きな枠組みとテーマは決めて、 後は何人かで人物設定等は議論し、 最終執筆は谷氏に頼んだ、と書かれていた。 まさに壮大な小説で、長い物語に酔いしれながら読んだ。 ここ数週間、PHP新書から出ている 「宇宙にとって人間とは何か 小松左京箴言集」を 毎日大切に数ページずつ噛みしめるように読んでいたので、 やはり何かのご縁が合ったのではないかと、 私らしくないことを思いたくなってしまう。 小松左京が前述の収録が終わったあと 私が「虚無回廊」を絶対に終わらせて欲しい、 としつこく頼んでいたら 「あのな、物質と反物質を接触させてやろうと思ってるんだよ」 とお話になったことが頭から離れない。 とうとう書かないで逝かれてしまわれた。 小松左京と尊称なしで書かせていただいたのは、 どうしようもないほどのファンだからです。 お許しください。 魂が宇宙を超えて飛び回り、その成り立ちを観察して、 存分に楽しまれているに違いない。 思い切り楽しまれてから、ゆっくり休んでいただきたい。 大倉 「バンドやらんかね」。 もてたい一心で始めたわけじゃなくて、 とにかくイラついていた中学2年の時、 音楽が助けてくれるような気がしていた。 何から助けてくれるのかわからなかったが、 田舎町の私の家に揃って、やたらでかい音を出してると、 もやもやが消えるような気がしていた。 楽器はリードギターの兄貴があちこちでもらってきたもののお下がり。 他の連中は一番安い楽器を何とか親を説得して、調達していた。 バンドは集まらなければ練習不可能である。 場所は私の家の応接室を無理矢理スタジオに変えたのだが、 困ったのは、楽器の運搬である。 ドラムセットを手で持って歩くと、何度も往復しなければならない。 熟慮の末、リアカーを借りることにした。 毎週土曜にリアカーを津田君の近所の家から借りて、 アンプやドラム、その他の楽器を山盛りにして全員で運んだ。 リヤカーなんか東京の若い方は知らないでしょ。 あれ簡単に動かせるように見えるけど、 引き手を押さえながら引っ張らないと、 後ろにそっくり返るんだぜ。 人通りの多い通りではなかったが、好奇の的である。 また、大倉のバカ息子がおかしなまねをして、って感じ。 そもそも当時エレキギター、ドラムなんちゅうのは、不良の持ちもんである。 それに練習を始めりゃ、近所迷惑はなはだしい。 クレームの嵐である。 仕方がないんで、家中の布団をかき集めて窓壁を覆って、 真夏でもその中で練習。 それだけで体力使い果たして、 「もう練習しとうない」と言い出す始末である。 モチベーションがないと練習に身が入らないので、 小学校の音楽室を借りて「音楽祭」。 悲しい数の聴衆。 しかも親ばっか。 少しだけ友人。 こりゃいかんと、中学の体育館のステージを貸せと先生に直談判。 学校から認められているクラブでもないのに、できるわけない。 でも、貸してくれた。 先日、同窓会に当時の談判に応じてくださった先生が来てくださっていた。 「本当にあの時はご迷惑をおかけしました」 こちらも53歳である。 ちゃんとした挨拶くらいできる。 「いや、おまえらはまだ直談判に来ちょっただけまし」 とのことであった。 お世話になった。 中学生デビューを果たすつもりだったのだが、 誰にプロにしてください、とお願いするかもわからぬうちに、 卒業してしまっていた。 高校になってからは更に活動は本格化していった。 応接室は常設スタジオと化して、バイトで貯めたお金で 楽器はグレードアップし、アンプ、マイク、マイクスタンド、 多重録音を可能にするため、オープンリールのレコーダーも2台そろえた。 KRYのラジオ番組で2曲演奏もし、怖いものなしのはずだったのだが、 田舎でやってたんじゃ、井の中の蛙。 学校やめて東京に行くと宣言したが、 自衛隊出身で高校教師になった担任は一枚上手で、 「えーっと、退学届けの雛形はどこじゃッたかのう」 と最初に一発食らわされ、ひるんだ我々の動揺を見逃さず、 「まあ、やめるんはいつでもやめられる」 と今考えれば、わかりやすい説得にかかった。 親は泣くは、メンバー全員の気持ち、必ずしも揃わず、断念。 後は手当たり次第にレコード会社にデモテープを送りつける。 「もう少し頑張りなさい」くらいの連絡はあっても、 「東京に来い」とは誰も言わない。 そりゃそうだろう。 今やカラオケでかつて歌った曲を怒鳴るように歌うのが精一杯。 BECKを見た。 10代の頃、バンドのことだけを考えていた数年間が鮮やかに蘇ってきた。 とまどい、高揚感、挫折、すべてが今の私を形作っている。 若者よBECKを見よ。 オッサンも見て思いださせ。 会社の愚痴言ってる場合じゃないぜ。 大倉 つかこうへいがあの若さで逝ってしまった。 報道で改めてつかこうへいの大きさを思い知った。 私がつかこうへいの文章に触れたのは、高校生の時である。 角川から74年に発刊された野生時代に書いていた。 すでにそのときには「熱海殺人事件」で岸田戯曲賞を取っていた。 私の記憶が正しければ、野生時代では日々のことを嘘交じりに エッセイとして書いていたと思う。 現在幻冬舎の社長の見城氏が何度もそのエッセイに登場して、 その嘘か本当かわからない言動に爆笑していた。 田舎の高校生にはたまに来る民藝くらいしか芝居なんてものは 見た事はなく、東京ではアングラ劇団がすごいことになっている、 という何がすごいのか分からないが、 だれも見たことのない新たな動きをただ、想像しているしかなかった。 大学に入っても芝居を見るお金なんてどこにもなかった。 バイトで稼いだ金はすべて安酒場で消えてなくなっていた。 それでもつかこうへいが忘れられなかった私は彼の本をむさぼり読んだ。 芝居もそうだったが、次々に小説も発表している時期だった。 すべてが新しく、衝撃的でこんな恐ろしい人に鍛えられる劇団の人は さぞ辛かろうと、半ば同情していた。 発表している作品が多すぎて、とてもすべて読めてはいないが、 当時は一番好きな作家であった。 仕事を始めてからは、他の劇団の公演には通ったが、 なぜか彼の芝居に足を向けることはなかった。 だから、一度もつかこうへいの芝居は見たことがない。 どうしてそんなことになったのかさっぱりわからない。 いまさら後悔してもどうしようもないのだが、 残念でならない。 つかこうへいの本はどれも人の心をえぐり、同時に情でそのえぐった穴を満たしていく。 あえて一冊だけあげれば私は「娘に語る祖国」が一番好きである。 つかこうへいに育てられた数え切れないほどの役者たちは、 何が一番好きなのだろう、とこんな時に思うべきことではないことを思ってしまった。 無宗教である故つかこうへい氏をどのように追悼していいのかわからないが、 再び彼の本を読み直すことが一番私には胸に落ちる。 大倉 番組でご案内しましたとおり、 昨日6月30日で私の写真展は終了いたしました。 いらしていただいた、たくさんのリスナーのみなさま、 本当にありがとうございました。 昨日が最終日だったので、あまり意味はないのですが、 友人たちと会場で飲んでいたところ、 ずいぶん熱心に御覧になっていらっしゃる男性がいるなあ、 と思ったら、声をかけてくださり、番組を毎回聴いてくださっていて、 「最終日にやっとこれました」とお話しくださいました。 足を運んでいただき、声をかけていただき、本当にありがとうございました。 洋画家の方だったのですが、 お名前を出していいかどうか、うっかり聞き逃してしまいましたので、 控えさせていただきますが、 いただいた作品集は素晴らしく、胸に清涼な風が吹くよな、 美しい絵を描いていらっしゃいます。 この番組も杏ちゃんも私もスタッフも さまざまな方に聴いていただけて幸せ者です。 またこれからも番組を可愛がってやってください。 本日は淋しい写真撤去を早朝から夕方までかかって済ませました。 全体力、精力を使い果たすようなきっつい作業でした。 写真の撤去まで手伝ってくれた、 この写真展のアートディレクター、中村幸絵さんにこの場を借りまして、 御礼申し上げます。 大倉 先週紹介した本は、 うまいことインド美女と結婚できた杉本さんの話であったが、 どうなんだろう、あんなチャンスが普通の日本人に 訪れることなんてあるんだろうか。 仕事で赴任している日本人がインドに骨を埋める気で 高いハードルを乗り越え、美女を娶る勇気があるだろうか。 うまいこと日本に来ている留学生と結婚できることはあるかも知れないが、 インドで暮らしつつ、「俺が君を守るから」なんて言って、 めでたし、なんてことは極めて稀であろう。 かつて私の勤めていた会社で、 タイ一番の人気女優と広告の仕事を通じて結婚して、 その後も幸せに暮らしましたとさ、という話を聞いたことがある。 「そんなのありですか、職権乱用で逮捕でしょう」、 と詰め寄ったのだが、広告会社というのは男と女のことについては甘い。 みんなただ羨ましいと思っていたそうである。 タイとインドじゃ状況全然違うしな。 さて、私は「インドの女性は全員綺麗」に近いことを申し上げたが、 あれはあくまで私の個人的審美眼によるところのもので、 「そんなことない」と思っている方も多いであろう。 私も本当のところ「全員はちょっとオーバーだったかもしれない」 と話した後で思ってしまった。 ただし、個人的には世界でも有数の美女比率の高い国だと信じている。 問題はですね、心を締め付けられるような美女に出くわしたとしても ただの旅行者の私には何らアプローチの方法がないということである。 日本でもナンパなんてしたことないのに、 いきなりインドの街角で、美女に寄って行って 「お茶でもいかがですか」というわけにもいかない、 じゃなくて、とてもできない。 インドの言葉が話せないんだもん。 たとえ話せたとして、坊さんの頭をほうたらかしてたら こんなになってしまいました、という具合にピンピンに毛が立ち、 極めて日に焼けやすい頭頂部を晒した、汚いなりをしたオッサンに ついてくるお嬢さんがいたら、日本ででも奇跡だろう。 それにお茶に行くってどこに行くのよ。 こっちは高級ホテルに入れる身分じゃないのよ。 じゃ、日陰で立ち話でも。 あるわけないじゃん。 職業は?と聞かれたって「いや、今、一休み中」で通じる世界じゃない。 そんなわけで、私が崇める美女はどうしても映画女優に限られてしまう。 かつて「踊るマハラジャ」という南インドのタミル語映画が 日本で大ヒットしたことがあるが、ミーナ、可愛かったね。 ただ、インド人以外の女優さんに比べると、 やや、ふくよかだったことにお気づきだったろうか。 かつてインドではふくよかな女性が美人とされてきていた。 サリーからお腹が見え隠れするが、あそこがチャームポイントで お金持ちで、美しい奥様方は皆さん前後左右に豊かな実りを 湛えられていた。 ところがこの10年くらいであろうか、 急速に女優の体型が変わり始めた。 欧米基準のスレンダー型が取って代わったのである。 いくつか理由が考えられる。 1.欧米から大量の娯楽、映画、テレビ番組、ファッションが流入してきた 2.欧米で暮らすインド人が欧米基準に体型を合わせ始めた 3.インド人は世界中にいるので、インド映画は結構海外で配給される そのため、欧米基準でないとどうもうまく行かない 私が勝手に考えたものなので、真剣に受け止めていただいては困るが、 おおよそそんなところであろう。 それで、私に何らかの影響があったか? あった。 スーパー美女たちが、更に身近に感じられるようになってきたのである。 より恋愛対象に近くなってきたと、妄想を抱き始めた。 ミーナと結婚したいな、が、ディーピカ・パドゥコーネじゃなきゃだめだ、 になってしまった。 ディーピカは今はもう誰にも止められない一押し女優である。 (大ヒットした「オーム・シャンティ・オーム」のヒロイン) ハードルが上がるも何も、そもそもない話なのだが、 こういうのはどうだろう。 私は一度「ぼくと1ルピーの神様」(スラムドッグ・ミリオネアの原作)の著者、 ヴィカス・スワラップさんにインタビューをさせていただいたことがある、 スワラップさんは大阪のインド領事館にお勤めのはずである。 私はかなりのインド映画通である。 J-WAVEがインド大使館と組んで インド映画を日本映画並みに大ヒットさせるキャンペーン をぶち上げて、ディーピカを呼ぶのである。 そして、北は北海道から南は沖縄まで、私が自ら御案内するのである。 温泉なんか喜ぶんじゃないだろうか。 そしたら「意外にこのオッサン気が利くわね」 とお気に召してもらえるかもしれない。 3年前に買ってきた大量のインド映画のDVDは見尽くしてしまった。 (インドでは海賊版がどこでも売っているが、 私が購入したのはすべてちゃんとしたお店で、「本物だろうな」と 念を押して買った正規に流通しているものである) もしかしたら、もっと美しい女優が登場しているかもしれない。 そしたらディーピカを見捨てることになるが、許して欲しい。 しかし、新人女優は若いので、私との歳の差は開くばかりである。 もしかしたら、「おじいさん」と呼ばれてしまうかもしれない。 編成部長殿、インド映画キャンペーン早くやりましょう。 何の話か、わからなくなってしまった。 大倉 番組でも軽く触れましたが、現在、六本木のアウグスビアクラブで 開催中の私の写真展が延長されることになりました。 一応好評につきということにしております。 一ヶ月間で連休もあったりしたので、 まだ、写真展のために来てくださる方がいるので、 打ち切るとあんだけ苦労したのにもったいない、 とあくまでも個人的に判断し、 そのようなことになりました。 開催している間にお越しいただいた方の中には、 無理をして時間を作っていただいたのに申し訳ない と反省していますので、お許しください。 今回の写真展は通常のものとはかなり体裁が異なっており、 大きなものや、小さな写真をタイル状に埋め尽くしたもの、 とお好きな方にはじっくり見ていただけるようになっています。 興味のない方には、「なんか壁が派手ね」って感じで、 気にしないでいていただけるかと思います。 まだ、やってるらしいし、しつこく呼び込んでるなあ、 うるさいなあ、と思われた皆様、もう申しませんので、 「仕方ないなあ」の精神でいらしていただけると幸いです。 いつ終了になってもおかしくありませんので、 よろしくお願いしますね。 場所は六本木ヒルズから徒歩2分 港区西麻布3-2-21 こちらでございます。 大倉 先週かけた森田童子の「ぼくたちの失敗」について、 一部のリスナーから「なつかしー」といっても ドラマ「高校教師」についてであるが、 ともかくそんな反応があったので そこからタイトルをパクろうとして、 「大失敗」にしたのだが、 これではどうもおちゃらけてしまうな、 失敗だな、と反省したのだが、 いずれにせよおちゃらけた話なのでいいとしよう。 いきなり脱線するが桜井幸子さんはどうして引退したの? わたしは「高校教師」のビデオを わざわざロンドンに送ってくれた人がいたので、 もうキューンとして繰り返し見ていたのに。 忘れられない。 桜井さん、このブログを見たら番組宛にご連絡ください。 番組でも話したように、中学生は心と体のバランスが うまく取れない、ような気がする、という気がしたが、 もしかしたら、そう思わされただけで、 意外に彼らはそれなりにうまくやっているようにも思う。 「いや、わけのわからんことを言ってやりたい放題じゃないか」 と憤慨しているおじさん、おばさんもいるが、 そもそもそのおじさん、おばさんが、 やりたい放題だったりするので、フェアじゃないよね。 といいつつも、実際の社会で金を稼ぐという、 生きていくうえでの絶対必要条件はまだ満たしていないので、 どうしても独りよがりになりがちなことは否めまい。 わたしは中1の時に本を買う金ほしさに 4ヶ月間朝刊を配っていたが、あまりに辛くて挫折した。 根性が座ってないんですよ。 それにしても中学校の先生たちとの考え方の違い、 と言いますか、立場の違いによる一方的な押し付けと言いますか、 単なる喧嘩と言いますか、 とにかく先生方に常に怒りを覚えていたのは本当。 ごめんね。 今の私よりずっと皆さん若かったんですよね。 ご苦労、ご迷惑をおかけしました。 ある日、中学3年の私のクラスでいつもつるんでいた 7、8人がいきなり職員室に呼び出された。 全員身に覚えがないので、もしかしたら誉められるのかと 妙な期待をして乗り込んだら、 狭い指導室のようなところに押し込められ、 顔を真っ赤にして鬼の形相で怒っている担任からいきなり怒鳴られた。 「お前ら書いてえーことと悪いことがあることもわからんのか!!!!」 何のことでしょう?さっぱりわからない。 怒りに燃えた担任はボケーっとしている私たちを見て 更にボルテージを上げる。 しかし、そんなことを言われてもさっぱり要領を得ない。 「すみません。 何のことだかわからないんですが」 「バカヤロー、俺はお前らに良かれと思って、 いろいろ他の先生を説得して体育館でコンサートが出来るように してやったのに、これがお前らの答えか」 なかなか収まらない。 エネルギーをお使いになっている。 「おかしなこともあるものだ」と思ったが、 あんまり怒鳴られていると、つい怒鳴り返したくなるので、 心ならずも「すみません」と適当に頭を下げて、 他の教師の冷たい視線を浴びながら職員室を出たのだが、 当然釈然としない。 「誰か『消えてしまえ』って書いたか? 」 「うんにゃ」 「書かんど」 「書けんやろ」 「書いた」 えー!そいつは私の生涯の友人で、バンド仲間であった。 俺が代表して書いた」 そうか。 そうだな。 言ったな。 俺たち。 しかし、バカ正直によりによって当番日誌に書くことはないだろう。 でも責められない。 なんとなくしょんぼりしてその日は終わってしまった。 翌日からはまたいつもの元気な悪ガキだったのだが、 この話、なんとなくではあるが覚えているのは私だけのような気がする。 私たちを怒鳴った先生は生徒のもやもやを良く理解してくれていて、 普段から頭ごなしに怒る先生ではなかったからかしら。 きっと申し訳なく思ったのだろう。 この先生とはいまだに年賀状のやり取りをしていて、 ずいぶん前、同窓会でお会いした時にお互いの頭の薄さに驚いたのだが、 そのときの話はしなかった。 「俺たちはずいぶん迷惑をかけましたね」 と殊勝に反省していたふりをしてみたら、 「いや、お前らの後のほうがもっとひどかった」 ということのようであった。 やっぱり俺たちって可愛い生徒だったようである。 さて、「消えてしまえばいい」と書いた生涯の友人は、 今はまさかの学校の先生をしている。 子供にも親にも何でも楽器のできる先生というおまけもついていて、 大人気だそうである。 金八みたいだが悪い奴ほど率直なのである。 子供の気持ちがわかるのであろう。 でも、きっと忘れてるんだろうなあ。 大倉 この映画はすごい。 見たのは3Dじゃなかったし、 現在かかっている吹き替えではなく、 字幕であったが、そんなことで評価が変わるものではない。 ストップ・モーション・アニメーションが この映画でまた注目されているようであるが、 ストップモーションだからいいのではなく。 ストップモーションの効果を最大限に生かし、 すべてのクオリティが最高の域に達しているからいいのである。 3Dと同じですね。 当然ここ数年の技術の飛躍的な進化も上げるべきであろうが、 どうも技術論ばかりが先に走って、 本来の映画の中身が薄くなるのが嫌なので こんな言い方をしてみました。 扉の向こうの「素晴らしい偽りの世界」は どことなく「オズの魔法使い」を想起させるが、 そのきらびやかさにおいては負けていない。 人物(人形だけどね)の表情、感情の表し方は 驚嘆に値する。 私が知らなかっただけかもしれないが、 アニメ部門でアカデミー賞にノミネートされていた。 どうもアニメ部門は日本映画が入っていないと 日本では盛り上がりにかける。 もっと言えば本当はアカデミー賞授賞式を ドキドキしながら見たいのだが、 大半は日本では公開されていないので 毎年「そうですか」くらいしか反応できない。 もしかしたら映画評論家の方々はみんな試写で見ているのだろうか。 どうしたら映画評論家になれるのだろうか。 誰かが「大倉は映画評論家だよ」と言ってくれれば いいんじゃなかろうか。 言ってくださいよ。 日本では榮倉奈々さんがコララインの吹き替えを担当していて それもとても楽しいのだろうけれど、 アメリカではダコタ・ファニングが声を付けている。 ダコタ・ファニングの声ってこんなだったけな、 と思いながらもうっとり聞かせていただいた。 ちょっとロリコン気味かなと思ったが、 彼女も16歳になっておじさんが驚くような色気を振りまいている、 ってやっぱりロリコンか。 皆様迷われるところだと思いますが、 ダコタ・ファニング好きの方は字幕もまたひとつ 味わい深いのではないでしょうか。 大倉 何度も話したり書いたりしたような気がするが、 私は33歳くらいまでほとんど泳げなかった。 泳げないので輝けるべき青春時代、 大学のサークルで海に行ってバーベキューをしたり、 ひと夏の思い出を作ったりしたことは、 一度たりともない。 よく考えてみれば東京に来てから湘南だ、千葉だ、 何だとみんなは言うが、関東で泳いだことなんて一度もないじゃないか。 海でいい思いをしたことがない。 恐かったことはある。 ガキの時、泳げないので水中眼鏡を付けて、 浜辺の20センチくらいの深度の波打ち際で トローリと漂っていたときのことである。 なにやらグニャグニャしたものがのた打ち回っていた。 それだけで絶叫ものだったのだが、 必死でこらえて目を凝らしていると 正体がつかめた。 最近はやたらお笑い芸人が海に潜って 蛸を突いているので、皆さんは臆病者と思うだろうが、 40年前はそんな番組はなかった。 いきなり、蛸なのよ! 恐いよー、蛸は。 食べるのは大好きなのだが、 なまこより恐い。 なまこは動かないが、蛸は自由だ。 好き放題に形を変える。 親に言いつけに行ったのだが、 「へー」である。 あいつらは蛸捕まえて生でかじっていたのだろうか。 大きくなって、南国のおかしなものの出てこない シュノーケルポイントで色のついた魚たちに パンをあげたりできるようになったが、 それ以上ダイビングに挑戦してみようなどとは一度も思ったことがない。 だって、蛸がいたらどうすんのよ。 と海は恐ろしいところだと思っていたのだが、 この映画を見て恐ろしいところかもしれないが、 なんという美しい世界かと恐れ入った。 まさに「豊饒の海」である。 でもやはり恐ろしいのは恐ろしい。 みんなが食い合って、食物連鎖といえば聞こえはいいが、 絶滅に瀕していようがなんであろうが、とにかく食う。 ダッと行くのと、バグっと食うのとが同時である。 味なんてわかってんのかしらというくらい、 顔色一つ変えず、飲み込んでいる。 また半村良の「妖星伝」を思い出してしまった。 何故地球にはこれだけの多様性がもたらされているのであろう。 すべての生物が食ったり食われたりしなければならないのであろう。 私は多様性の維持はなんとしても守らなければならないと思う。 それは種も文化も宗教もすべてにおいてである。 極端な話、蚊だって地球上に存在する意味があるから 人間には迷惑な昆虫かもしれないが、 血を求めて飛び回っているのである。 最近は蟻まで根絶やしにする薬が出ているそうじゃないか。 なんで? 私も悪ガキだったので水攻めにしたりして、 ずいぶん無益な殺生を行ってきたが、 「悪い奴」を殺せ、とは全然思っていなかった。 単純に面白かったのである。 本当にどうしようもないガキであるが、 「悪い奴」と思っていなかっただけ救いがあるような気がする。 ゴキブリだって困ってんじゃないの? なんで、俺たちだけとか思ってないか? 映画では気候変動についても触れられている。 気候変動、本当だとしたら困ったものですね。 しかし、過去の気候変動で絶滅してしまった動植物も多々あるはずである。 恐竜が今いないんだからね。 あれは誰の責任じゃなくて、 そうなってしまったんだから仕方がないのか。 私が一番恐ろしいのは「ヒューマニズム」である。 私は「人間中心主義」と勝手に訳している。 人間はいつも悪くないはずなのに、 人間っぽくない人間は「ヒューマニズム」のかけらもない犬畜生と同じである、 という理屈である。 犬畜生と呼ばれていた本能で生きている動物は 人間のような野蛮なことは絶対にしない。 食物連鎖の頂点に立ったと思い込んでいる情けない人間様は 「人間的」なことを大変お好みになる。 「人間的」でないことは多様性の外に置かれてかまわないらしい。 大変残念なことにどう考えても 人間は自然の生態系からは外れてしまっている。 おかげさまでええべべ着さしてもろうて、 コンクリの中でちょうどええ気温で暮らさせてもろうちょります。 私もええべべかどうかは知りませんが、 大体そんな生活をしております。 仕方ないねえ、人間に生まれてしもうたんやから。 でも、申し訳ないねえ、くらい思っておいたほうがいいのではなかろうか。 「ヒューマニズム」とは人間に近い、親しい動物、 あるいは人間が愛でる植物は大事にしなければならないが、 そうでない人間っぽくないものについては 心が痛まない都合のいい「イズム」である。 オーシャンズは美しいまだ謎だらけの海の実態を 大変興味深く見せてくれた。 映像に驚嘆しつつ、 上記のようなわけのわからないことを考えながら見ていた。 大倉 このタイトルはどういう意味か見る前からずっと気になっていた。 これだけ前評判の高かった映画だし、 なんとなく内容もわかっていたので、 勝手に副題の「負けざる者たち」の英語だと思っていた。 そしたらいくら辞書を引いても出てこないじゃないですか。 もう、調べるのに時間がかかちゃいましたぜ。 「無敵」とかそういう意味の言葉のラテン語だそうです。 アフリカーンス辺りかと見当を付けていたのだが、 空ぶってしまった。 なぜラテン語なんだろう。 何か意図するところがあるのだろうが、わからない。 ちょっとイラつきますね。 映画のホームページには載せといてほしいですね。 マンデラ元大統領の映画はちょっと前にも「24」で アメリカ大統領を演じていたデニス・ヘイスバードが 「マンデラの名もなき看守」で主演して公開されていた。 こちらは本物のマンデラにはあまり似ていなかった。 モーガン・フリーマンはマンデラ本人の希望で 出演に至ったと聞いているが、 嬉しかったろうな。 マンデラは控えめな態度からなんとなく 背がずっと低いように思い込んでいたのだが、 実際にはフリーマンとほとんど変わらない。 約183センチあるそうだ。 映画の中では話し方もそっくりで、これ以上のキャスティングはないだろう。 94年に大統領に就任した時、私はロンドンにいて 就任演説に聞き入ったのを覚えている。 さて、それから大統領もムベキ、ズマと代わった。 このお二人、日本人の私には理解しがたいところもあり、 大変心配していたのだが、マンデラが大統領になった時に 大半の国民がこれで我々の生活はすべてが変わる、 と期待していたようにはなっていない。 経済的には資源国ということもあり、 投資家の注目はあつめているが、 失業率はきわめて高く、南アフリカだけのことではないが 貧富の差は開くばかりで、犯罪率については申し上げるまでもなく ワールドカップの開催さえ危惧されている状態である。 南アフリカは特にヨーロッパの広告屋の間では こんな風景があればいいな、 という場所はすべて揃っているということで、 困ったら南アフリカとなっているくらい美しい国である。 資源が豊富にあるところは歯車がひとつ狂っただけで とんでもない状況に早変わりしてしまう例が後を立たない。 そのようなことがないよう、政治家の負う役割は 現在の日本よりも大きい。 いい映画であった。 リアリストとしてのマンデラを冷静に追いながら、 画面ではアドレナリンが充分に出る構成にしている。 しかし、これをクリント・イーストウッドが撮ったということに驚いた。 監督する作品の幅がどんどん広がっているのはわかっていたが、 こんなところでもちゃんとやっているじゃないか。 爺さんになるほどバイタリティが湧いてきているのか? 爺さんあと10本くらいアカデミー候補作を撮りそうな気がする。 そういえばモーガン・フリーマンも「ディープ・インパクト」で アメリカ大統領を演じている。 マンデラを扱う映画では 必ずアメリカ大統領役経験者がマンデラを演じている。 特に意味はないと思うが、不思議な偶然である。 大倉 ちゃんぽんのことを書いていたら また楽しい学生時代もことを思いだしてしまった。 よく考えたらちゃんぽん麺を買って帰っていたのは仕事を始めてからではなく、 すでに学生時代からずっと同じことをしていたのであった。 大量に買い込むので悪くならないうちに消費してしまう必要がある。 一人で毎晩食べていても、余ってしまう。 そこで思いつくのが仲良くしてくれていた下関からの友人たちである。 ミキちゃんと岡部さんである。 デパートガールをナンパしようとしたら、 逆ナンパにあって一人だけ楽しいことがあった3人組である。 何でも私の言うことを聞いてくれていた。 えーっと、楽しいことがあったのは私ではない。 他の二人のうちのどちらかである。 私が中野に住んでいた頃、彼らが酔っ払いによくアパートに来ていた。 お金がないので人のアパートで飲むのである。 一軒家なのだが、一階はおばさんが一人で住んでいて、 二階を改造して6畳の部屋をふたつ作って貸していた。 当時はあのあたり(中野本町)はまだトイレが汲み取り式で、 夏になるととんでもないことになっていたのだが、 そんなことは普通知りたくないだろうから、 どうしても知りたい人だけに教えてあげます。 お便りください。 みんな貧乏な時代であった。 私が見つけてきた三軒茶屋の三井信託銀行の戸別ビラ配りのバイトで かすかす飯を食っていた。 彼らも人が足りない時は動員していた。 関係ないが、私は長くやっていたのでバイトの調達から、 配布地区の指定までこなしていたのである。 頭を使うバイトをしようという意思がまるでなかったのが不思議である。 下関から帰ってきたときには 「旨いもん食わしちゃるけー、おいで」 と招待していた。 招待とは言ったが、ただでとは絶対に言わなかった。 そこで余っているちゃんぽんをご馳走してあげるのである。 遅くなってもやしとか炒めているだけで、 ほんの小さな物音にも敏感に反応する 大家のおばさんが怒鳴り込んでくるので、 早いうちにちゃんぽんを作る。 あの頃から具が多いのが私のちゃんぽんの特徴で、 ふんだんに海鮮も使っていたので、お金がかかる。 連中が「うまい、うまい」と食い始めたところで切り出す。 「一人500円でええよ」 「えっ!お金取るんかね」 「何でただやと思ったかね」 「いや、食わしちゃるってゆーたけー」 「このちゃんぽんにはお金がかかっとる」 「友達から金取るんかね」 「商売しとるわけやない」 「でも、500円は高くないかね」 「ごちゃごちゃゆーとると、のびるよ」 とこういう具合に下関の味を楽しんでもらっていた。 実は私にも何故500円も取ったか謎であるが、 当時は当時で私にも事情があったのであろう。 現在デフレとはいえリンガーハットではちゃんぽん550円である。 いったい30年以上も昔に何があったのであろうか。 ただ、こいつからにただで食わせると、 その月、仕送りが来る前に食えなくなる、 という危機感があったことはほのかに覚えている。 そんなことがあっても、連中はそれからもちゃんぽんを食いに来ていたので うらみはないだろう、と思っているのだが、 今でも 「イモはちゃんぽんでワシらから、金取ったねえ。 なんで?」 と聞く。 ほんと、なんでかねえ? 大倉 せっかくダッチオーブンの本の話をさせていただいたので、 ほらこんなに美味しく作れましたよ、 と腕前を披露したくてうずうずしているのだが、 まだ我が家のキッチンにはダッチオーブン自体存在していないので 叶わぬ野望である。 近々鴨がダッチオーブンをしょってやってくる予定なので その際に旨そうに食っている様子をご披露したい。 私は料理は好きだが、最近はあまりやらない。 妙に忙しいのである、というのは料理をしない男の典型的な言い訳である。 料理は極めてクリエイティブな作業であり、 かつ私の場合は人に無理矢理にでも食わせるという、 崇高な目的意識があるので、決意することだけは得意な私は 再び家庭内料理人になる覚悟を固めたのである。 さて、放送を聞いた方の中には 「いろいろ言っているけど、本当はラー油しか作れないんじゃないか」 とお疑いの向きもあろう。 無理もないが、私は本当に作る、あるいは、作っていた。 汁物が多い。 一度食べさせたら必ず 「ねえ、もう一回」 と言わせる自信があるのは具沢山の中華スープである。 これがあればその他のおかずは不要である。 スープとご飯だけですんでしまう。 しかも酒にもすごくあうので、満足いただけること間違いない。 誰でも作れるという方もいるかと思うが、 牛筋を軸としたおでんもゼッテーに誰にも負けないくらいうまく作れる。 他の具を何にするかがポイントだな。 もうそろそろお気づきの方もいらっしゃるはずだが、 私の技量が最も発揮されるのは具の多い「汁」ものである。 であるので、これでもかと中身の詰まった豚汁なんかは最高である。 それだけ作ればいいのと、酒のつまみにもなるのもいい。 作っているとあれもこれも入れたくなり、 気がつくと汁はどこだということになるということもある。 「じゃ、鍋じゃん」 とおっしゃる方もいるだろうが、違う。 鍋奉行なんていううっとうしい奴がいなくてすむ すべて完璧に仕上がった汁であるから 後は余計なことはせずにすむ。 お椀に注ぐだけである。 わかっていただけたかしら。 その究極に位置するのがちゃんぽんである。 私は下関に帰るたびに東京に戻る日の朝、近くのスーパーで 4袋で99円とかいう、どうかしたんじゃないかと思うような 値のついたちゃんぽん麺を大量に買ってバッグにぎゅうぎゅうに詰めてくる。 私のちゃんぽんは 本物の長崎ちゃんぽんのような太くてやや硬い麺ではない。 東京のゆでそばの感触を思い出していただければ いいのではなかろうか。 このちゃんぽん、どのあたりまで売られているのかわからないが、 下関でちゃんぽんを頼むと、どの店でもこのちゃんぽんを使っている。 安く上げようということではない。 これでないと下関のちゃんぽんじゃなくなるからである。 麺から微妙な味が出ているのである、はずである。 ゆでてあるのか、蒸してあるのか、黄色い中太のやさしい麺。 リンガーハットにはよく行くが、あれじゃないんだよ、下関のは。 ともあれ、そのちゃんぽんを買ってきて家族に振舞う。 「うまいやろ」 「...うん」 娘は素直に反応してくれるので、作りがいもある。 キャベツ、もやし、ピーマン、たまねぎ、 エビ、イカ、あさり、豚肉、かまぼこ、それに油揚げ。 これだけのものがこれでもかと入っているので、 いつまでも麺に届かなくて、とても楽しい。 中華なべをグルングルン回しながら炒めるので あたりは野菜の残骸がしおれていてちょっと気にはなるが、 麺類はスピードが命である。 いちいちかまっていたら麺がのびてしまう。 かように旨い下関のスーパーのちゃんぽん玉なのであるが、 東京では見たことがない。 東京の人はかわいそう。 食べるチャンスなく死んでいくんだろうな。 大倉 「寅さんシリーズ」が終了するまで、 山田洋次監督が日本映画をだめにしたとずっと思っていた。 決して寅さんが嫌いだったわけではなく、 たまに気が向けば足を向けることもあったのだが、 あの水戸黄門的予定調和の映画シリーズが延々と続くことで 日本人は映画が本来持つ「何をやってもいい」気概を忘れてしまい、 自分たちが楽しめる映画はこれしかないと、 わざわざ幅を狭めてしまった、と結論付けていた。 実際、「寅さんのシリーズは欠かさず見ている」と公言する人と 「どうしても寅さんの面白さが理解できない」と映画を見る人間は 二分されていた。 好き嫌いに文句をつける気はさらさらないのだが、 問題は人気シリーズに頼りすぎ、他の芽を映画界、 映画を見る人間が潰してしまったのである。 もちろん大手広告代理店、出版社が制作費、宣伝費 (といってもたかが知れていたが)をかけて成功するものも、 公開される前からずっこけるものもあったが、 総じて日本映画は衰退の一途を辿り、 一時はどうしようもないところまで落ち込んでしまった。 それがいつの頃からだろうか、徐々に息を吹き返し、 今や日本映画の興行収入は洋画を抜いてしまった。 逆にいつ掛けられるかわからないくらい、製作本数が増えてしまい。 現実には大半の映画は興行収入だけでは 利益を出すことが出来なくなってしまった。 なかなかうまくバランスが取れないもんですね。 というわけで、ある意味「寅さん」シリーズが終了した時は 残念に思いもしたが、これで何かが変わるかもしれないと期待していた。 そして、山田洋次は寅さんと共に映画人生を終えるんだろうと とんでもない思い違いをしていた。 時代劇に転じた山田洋次監督の映画はしびれた。 落ち着いたトーンでありながらも見せ場での展開の見事さ、 また、絵作り、特に照明の美しさには驚いた。 「なんだ、こんな映画も作れるんだったら早くやって欲しかった」 と思われた方は私以外にもいるんじゃなかろうか。 「おとうと」を1日の映画の日に見に行ったら、 お年寄りでほぼ満席であった。 私がお年寄りに分類されるかどうかは皆さんにお任せするが、 私よりもお歳を召された方が圧倒的だったことははっきりさせておこう。 吉永さんは「青い山脈」時代の美しさをそのまま保たれながら、 さらにしっとりと美しくなられて、もしかしたらバケモンと違うか、 と疑うほどであった。 しょうもない弟のせいで苦労する家族の話である。 出演者は厳選されているので、見ていて不安になることがない。 これは意外に大事なことだなあ。 誰に聞かせるわけでない。 自然と口からもれ出てしまうのである。 終盤はゲロ泣きである。 「うるさいなあ」とは全然思わなかった。 私も泣いていたからである。 釣られて泣いちゃったのかな。 いやいや、まいったね。 エンドロールを見ながら外に出ても恥ずかしくないように 体制を整えていたら、 「市川昆監督に捧げる」と出てきた。 山田洋次の「おとうと」は確かに幸田文の小説が大きな意味で 下敷きになっているのはわかったが、 原作と呼ぶことは出来ないほど、内容は変えられている。 それなのに市川昆に捧げるとはいかなることであろうか、 ビデオを借りて見た。 こちらは昭和34年に公開されたもので、 幸田文原作の「おとうと」の映画化されたものである。 岸恵子が綺麗だが、17歳の役はちょっと辛くないか、 と冷静に見ていたのだが、このどんでん返しがあるわけでもない、 いわば山場に欠ける映画が、終わってみると大変胸にしみた。 あちこちでギシギシと音を立てるような登場人物の心の葛藤が ラストにかけて一気に理解できる仕組みになっている。 「市川昆監督に捧げる」の意味も明白である。 市川昆が「おとうと」を撮ってから50年経ってのオマージュである。 よくその思いを胸に秘めていられたものだと、心を打たれた。 最近、昔の映画をよくDVDで見ている。 今の映画のつまらなさと面白さがよくわかる。 大倉 先日、新聞にイギリス全土が真っ白になった 結構笑える衛星写真が公開されていた。 あんな写真見たことないなあ。 さぞかし、大変なことだったろう、ご苦労様。 確か去年も雪で大混乱になっていた記憶があるので、 2年連続の惨事が起きたわけである。 24日にロンドン駐在時代の部下だったジュリアン・ヘイ君が 出張で来ていたので、蕎麦屋でご馳走してあげた。 雪の話をしたら、 「もう、全然ダメ。 電車もバスも全部止まって何にも出来なかった。 シンがいた時と何も変わってない」 と怒りをぶちまけていた。 「ふふふ、そうか変わってないのか」 ちょっと嬉しかった。 私が赴任して最初にドカ雪が降ったのが91年2月7日のことであった。 何故そんなに私らしくもなく正確に物申せるかというと、 写真に日付が入っていたからである。 写真は一度放送で話したアビーロードスタジオの前の自宅を出たところである。 横断歩道もかろうじて見えるのだが、 汚れた雪で判然としていない。 朝起きると、ロンドンなのに妙に薄明るい。 窓を開けた時に一面真っ白な銀世界というのは 大人になっても嬉しいものである。 「雪だ、雪だ、うれちいな」 とまだこの先何が起きるのか把握していなかった私は ついはしゃいでしまい、誰も足跡を付けていない雪を踏みに飛び出していった、 というのは嘘で、ふーんと歯を磨きに洗面所に向かった。 私の居たフラットでは常時冷水、お湯が出る蛇口がふたつあった。 この雪の日に冷水で顔を洗う人間はいない。 当然、お湯のほうをひねったら、ゴボゴボという音が聞こえたっきり、 静寂に包まれた。 お湯が出ないんですね。 お湯が出ない。 そのときは仕方ない、と冷水でスッキリ顔を洗い、 「よし今日も一日、しっかり働くぜ」 と気合が入ったくらいであったのだが、 時間がたつにつれ状況の深刻さに気がついた。 フラットのお湯の蛇口がすべてそうなのである。 何故か冷水は出る。 でも、トイレを流す水も出ない。 久しぶりだよ。 バケツで流すのは。 マンションの管理をしているおじさんのところへ走って、 無理矢理手を引っ張って連れてきた。 なぜなら私にはおじさんが言っていることが 10%くらいしかわからないからである。 気持ちいいほどコックニーの発音がきつくて、 どんなに耳を澄ませてもマジでわからない。 ただ、こっちの言っていることは理解してくれるので、 言うことだけ言って、「面倒は背負いたくないなあ」オーラ全開の おじさんを連行したのである。 おじさんの反応は早かった。 「これは、無理。 まあ、プラマーでも呼んでみたら」 きっとダメだからのニュアンスも交えながら即座に診断を下した、 と10%わかる英語の中で判断した。 もう会社どころじゃないんですね。 何しろこのクソ寒い中仕事して帰ってきて、 風呂に入れるかどうかの瀬戸際なんですから。 会社をほうたらかして、といっても会社に定時に電話しても誰も出なかったので とにかくみんな自分のことで精一杯なのね、 と鋭い洞察力を発揮して、プラマー探しに全力を尽くした。 そしたらどこもいやしないじゃないですか。 どうもロンドン中で同様のことが起きているようである。 プラマーがやってきたのはようやく二日目のこと。 温水器からの水の導線を探っていたら 「これはダメだね。 だって温水のパイプが土の中走ってるんだから、 完全に凍り付いているわけよ。 ストーブをね、じーっと温水のパイプがありそうなところに当て続けてね」 と出張費だけ取って帰っていった。 ストーブを? 床に向かって?当て続ける? これは何かの冗談か? 出社していた総務の元締めのおばさんに聞くと 「Oh! Poor Shin! 女房に 「じゃ、そういうことで」 と会社に行ったが、後で聞いたらそうしていたらしい。 お湯が出たのは4日目のことであった。 ホテルに移るか、真剣に検討を始めたところであった。 蛇口をひねると、爆発音が部屋中に響き渡った末に 形容しがたい奇妙な音が続いた後に、 断続的に水が鉄砲のように飛び出し、 しばらくしてようやくお湯が安定供給され始めた。 ロンドン、おもしろいところだなあ、と思うやつはおかしい。 今はさすがにましになったんじゃないかと思うが、 ジュリアンに聞くのを忘れてしまった。 大倉 意外に思われるかもしれないが、 ロンドンは一般的にイメージされているほど寒くない。 地図で観るとかなり北緯の高いところにあるのに、 暖流メキシコ湾流がイギリスまで流れているためである。 「ロンドンは冬は寒くて大変ですね」 と帰国するたびに同情されていた。 「いや、それがそうでもなくて...」 と最初はいちいち正直に告白していたのだが、 途中から面倒くさくなり、 「えー、もうそれは」 といい加減になっていった。 真相は上記の通りですから、 これまで同情してくれていた皆様、ごめんなさい。 本当のことをいうと、ドイツのほうがはるかに寒い。 フランスのほうが凍えそうなことさえある。 ドイツ、フランスにいた方々はかわいそうである。 同情するなら彼らに優しくしてあげていただきたい。 ただしである。 ロンドンの冬はやはり憂鬱であることは間違いない。 北に位置しているのは事実なので、 日没が情けなくなるくらい早い。 3時くらいから影が差して、3時半には薄暗く、4時になると真っ暗... だったような気がする。 詳細は忘れてしまいましたからご自身で調べてね。 夏は夏時間であることもあるが、9時までゴルフが出来る。 よく仕事の後に通ったものである。 大倉はゴルフはしないということで日本では通しているが、 実はロンドン時代はよくやっていた。 ここで、改めて報告してどういう意味があるのでしょうか。 まだある。 冬はじめじめ雨が降るのである。 年がら年中という言い方もできるが、 暗い上に情けない雨が降るのが何より辛い。 ロンドンの人間はよほどの変わり者でない限り、傘はささない。 傘をさしていると異様に目立って恥ずかしい。 それくらいの中途半端な雨だということも出来る。 ロンドン市民はどうするかというと、平気で歩くか、 降ったり止んだりなので、軒下で待っている? だったけな? 軒下なんてほとんどないから、やっぱり歩いていたんだっけか。 まあ、そんなことである。 イギリス人はそんな環境で育っているので、 暗かろうが、雨が降ろうがどうも思っていない、 というわけにはいかない。 ほぼ全員が 「冬になると心の底から憂鬱になる、 こんな町捨てて、バミューダで暮らしたい」 的なことを一冬中つぶやいている。 実際、ちょいとした金持ちはフロリダに別荘を持っていたりして、 冬になると逃げ出している。 さて、雨は降る降るロンドンの冬、なのであるが、 数年に一度ドカッと雪が降る。 都市機能は完全に麻痺状態に陥る。 それは東京でも同じでしょう、と言う方はわかっていない。 麻痺の度合いが違う。 ロンドンは太古の昔から町が変わっていない。 つまり、インフラが恐ろしく古いままになっているということである。 話はずれるが、私が赴任した90年からしばらく数年は 停電はごく当たり前のことであった。 ひどい時は週数回ということもあった。 ロウソクなしでは、死んではしまわないが、生活できない。 自宅にはロウソクが大量に常備されていた。 話を戻そう。 ロンドンで雪が降ると、地下鉄が動かない。 ほぼ全面的に止まったりする。 どのラインも中心部以外は地表に出るからである。 その上、これは雪の時に限ったことではないが、 頻繁に起きる 「スッタフが足らないので、しばらく動きません。 よろしく」 という手馴れた黒板が登場する場面が雪の場合は特に多い。 雪で出勤できないものと思われる。 バスも慣れてないので極端に数が減る。 さらにその上、身も心も凍るくらい恐ろしいことが起こる。 なかなか、核心にたどり着かないまま長くなったので、 続きは明日。 大倉 「儒教・仏教・道教」の紹介をした時に、 シンクレティズムとは「ごたまぜ」である、 と著者の言葉を借りて申し上げたのだが、 このシンクレティズムという言葉の響きがすごく気に入っている。 意味がもともと好きなのであるが、何回も読んで、話しているうちに すっかり語源もわからないのにはまってしまった。 毎日意味もなくシンクレティズムと口に出している、 というのは嘘であるが、 「ああ、美しい言葉。 口にするだけで気持ちよくなる」 と思っているのは本当。 辞書で引くと混合主義、文化的重層構造という訳語が出てくるが、 「ごたまぜ」のほうがいいですね。 日本で神道、仏教、儒教、道教、さらにあえていえば山岳信仰が ごたまぜになって平和に暮らしているのは 普段から皆さん違和感のないところだと思うが、 他国に行ってごたまぜを目撃したり体験したりすると、 あらららら、と感じてしまう。 多分、外国では宗教は個人によってきちんと信仰が確立していて、 揺るぎないものだと思い込んでいるからであろう。 杏ちゃんまでインドに一度は行ってみたい、とおっしゃるくらい BOOK BARでは私と杏ちゃんだけインドづいているのだが、 バラモン教へのアンチテーゼとして生まれた仏教もいつの間にか ブッダはヒンズー教の三大最高神のひとつ ヴィシュヌの化身にされてしまっている。 これもシンクレティズムなのだろうが、 必ずしも仏教とごたまぜということではなく、 あくまでもヒンズー教の中に取り込まれているということである。 アウトカーストの人々の仏教への集団改宗が続いているが、 やはり差別が存在しているため起こることで、 あまり好ましい例ではないね。 ネパールに行くとこれぞシンクレティズムと思える場面、 神様によく出くわす。 ネパールは王室亡き後どうなったか定かではないが、 ヒンズー教を国教と定めていた。 インドでも出来ないことをこの国ではやっていたのである。 他宗教を信じる国民が多数いるにもかかわらずである。 しかし、ここからが不思議なところ。 カトマンズ周辺には初潮を迎えるまでの間、 クマリという少女の生き神様が存在する。 このクマリはヒンズー教の女神の生まれ変わりと信じられているが、 選ばれ方が面白い。 ネワール族の仏教徒から選ばれるのである。 それがヒンズー教の生き神様になるのだから謎である。 このことを何度もネパール人に正すのだが、 納得のいく説明を聞いたことがない。 これぞ究極のシンクレティズムであろう。 そのくせ、ネパール最大のヒンズー教寺院、 パシュパティナートへ行くと入り口でガキの番人に 「お前はヒンズー教徒か」 と詰問され 「仏教徒だ」と答えると入れてくんないのである。 そのことを友人に話すと、 「いやー絶対入れる。 ヒンズー教と仏教って同じジャン」 とお気楽に胸を叩くのである。 実際、チベット仏教徒は格好からして入れてくれないようであるが、 ネワール仏教とはするする入っている風に見えるのである。 美しいマチェンドラナート寺院にはヒンズー教徒も仏教徒もお参りに来る。 上の写真は基本的にはシヴァ神を表すものなのだが、 下部の受け皿のようなものはヨニといい女陰を表し、 通常はリンガという男性器を象徴する円柱がその中に立っているのだが、 この写真ではリンガの代わりに紛れもない仏像が乗っかっている。 これを「おっかしーなあ」と思うか、「まあ、そういうことで」、 と飲み込むのかということである。 同じくネパールのポカラでチベット仏教の寺の世話をしている 女性に付いて行って、寺で和んでいる時に交わされた会話。 「あーた、シータという名前がついているくらいだからヒンズー教徒でしょ、 そういう人がチベット仏教のお寺で働いてていいの?」 「けっ!私たちみたいな貧乏人にヒンズー教も仏教もあるか、 少しでも幸せにしてくれるんなら、何だって拝むわいな」 これはよーくわかった。 ネパールにはヒンズー教徒、ネワール仏教徒、チベット仏教徒、 イスラム教徒、キラット教徒(これはいくら調べても正体がわからない)、 キリスト教徒、そのほかにもアニミズム、シャーマニズム等が混在している。 しかし、この国では宗教対立でどうにもならん という事態は聞いたことがない。 議会がまともに機能しないのは、民族的、政治的要因によるものである。 困ったものであるが、宗教対立がないのはなにより。 ネパールに行き始めた頃は、なんじゃこりゃ状態だったのだが、 今はネパール的シンクレティズムに気持ちよく酔って毎回酩酊している。 大倉 私は神仏には限りなく強い興味を抱いているが、 信仰については信じているともいないとも言いがたい、 失礼を承知で申し上げれば、 一般的な日本人と同じ感覚ではなかろうか。 さて、正月も終わり、ちゃんと仕事しないとな、 とドロドロした気分でいたらいきなり元日の出来事を思い出した。 元日、ほんの数日前のことである。 神仏を信じるかどうかはまったく別として、初詣は大好きな私である。 毎年、富岡八幡と深川の成田山へのお参りは欠かさない。 不思議なもんですね。 この門前仲町付近は江戸時代前まではデルタ地帯だったそうな。 海と小島しかなかったというから、 うまい魚がウジャウジャいたはずである。 当時、やはり取れたての魚をさばかせると 格別うまかったと描いている小説もありますね。 元日、家族で富岡八幡で小銭を投げて、 そのまま成田山深川不動へ向かったのであるが、 おみくじは毎年成田山で引いている。 私が空海が好きなのと、神仏習合の名残が色濃く残っている 雰囲気がたまらないからである。 昨年は小吉だったのだが、いいことしか書いていなかったので、 嬉しくなって一年間財布に入れていた。 ご利益があったかどうかは定かでないが、まあ気分がいいですね。 そもそも原始仏教では「信じればご利益がある」 なんてことは一言も語られていないのだが、 上座部仏教(俗に言う小乗仏教)のミャンマーなんかでさえ寺に行くと、 ぐるぐる廻る皿があって、そこにハンサムになれますようにとか、 博打で儲かりますようにとかいう不届きなことが書かれていて、 その皿を狙って小銭を投げ、 入ると願いがかなうというキテレツなことがあったりするので、 おみくじなんか可愛いものである。 今年もジャラジャラ筒を振って一枚200円のおみくじを引いたところ 渡されたペラペラの紙に書かれていたのは「凶」。 娘も額にしわを作っているので覗いてみたら「凶」。 2010年、親子揃って凶からの船出である。 両方ともいいことは一言も書かれていなかった。 ちょっと珍しくないすか? 「凶と凶で吉となす」と言われているが(嘘)、 そうでも思わないと心がくじけるなあ。 写真は下関の八幡さまでのもの。 大倉 今年は後半すぎから突然ドタバタが始まってしまい、 ブログの方がおろそかになっていた、 というよりもほとんど書いていない。 いや、マジな話結構忙しかったんすよ。 ところがここに来て、 このところどうしてブログを更新してないのかという、 声なき声が少しずつ聞こえてきた。 特に地方にお住まいで、 「番組は聞けないのだけどブログは読んでいたのに」、 と聴取率にはまるで関係ない方々から強い要望としか 私には解釈できないお話をいただいていたので、 再開の機会をうかがっていた。 なんかきっかけがないと恥ずかしいじゃないですか。 というわけで、とりあえず、 今年の大倉眞一郎の独断映画ベストテンを発表いたします。 前述のように今年後半は まめに映画館に足を運ぶ余裕が無かったので、 年間ベストテンというにはかなりの欠陥ランキングである。 130本ちょっとしか見ることができなかった。 不公平を承知で発表いたします。 また、番付の基準も映画ごとに違ったりしていて、 自分でも支離滅裂感は否めない。 ご愛嬌ということで、ひとつ。 10位 バーン・アフター・リーディング コーエン兄弟が嫌いな人は嫌いでかまいません。 この映画の微妙な「ずれ」がたまらなく好き。 9位 グラン・トリノ ようやく拳銃マニアの爺さんが更正してくれたかと心安らぎました。 違ってるかもな。 でも感動しちゃった。 8位 3時10分、決断の時 文句なしに面白い。 西部劇ってこんなに心乱れるくらいに楽しめたんだな。 考えてみれば、白人による侵略劇でもあったんだけど。 7位 レスラー 見てない人は絶対DVDを見ること。 喪失感が力強く描かれている数少ない一本。 6位 愛のむきだし 4時間にも及ぶ園子温監督の怪作。 予想のつかない展開に翻弄されつつ、 「純愛」に酔う。 5位 キャデラック・レコード もうこの手の音楽映画にはただ涙が出てきてしまう。 歳のせいだろうか。 4位 少年メリケンサック これも一応音楽映画か? もう一度言おう、クドカンサイコー! 3位 ヴィヨンの妻 ほとんど小説どおりにセリフも付けられている。 太宰の小説をここまできちんと描いているものは ないのではないか。 松たか子が秀逸な演技を見せる。 2位 イングロリアス・バスターズ タランティーノ、ちゃんとこんな映画を年に一本は撮れよ。 タランティーノの中では「ジャッキー・ブラウン」の次に好き。 という、タランティーノファンからはあきれられそうな感想です。 1位 チェイサー まいった。 日本のおばさまたちには 嬌声を上げてもらえないかも知れないが、 韓国映画の底なしの可能性にぶっ飛んだ。 すべてにおいて日本映画に比べて、骨が太い。 テレビドラマが当たらないと映画作れないのかよ。 よー、テレビ局、代理店のあんちゃん、おっさんよ。 これ観て反省してみてくれたらいいなー、で通じますかね? というわけで、また、ぼちぼちブログ再開しますから 応援メッセージ送ってね。 前回の放送で自慢げに 「大学院で英語で講義をしたことがある」と話しをして、 「あの馬鹿が」と思われた方も多いのではないかと心を痛めている、 じゃなくて、心配している。 しかし、事実である。 終わったことは仕方がない。 こんな私でも話をしてくれと頼まれることがあるので、 それまでも何度か出かけてはあちこちで私の思い込みを 「わかってくれよ〜」と懇願しているのだか 講義しているのだか、 本人でさえわからなくなるようなことを話していた。 大学院での講義は皆さん高い銭出して、 わざわざ仕事の合間を縫って勉強に来ているので、 聞く態度が違う。 2時間話しっぱなしだったのに つまらなそうな顔をしている生徒はいても 寝ている人はいない。 いや、講義をしている側が感動してしまった。 特に留学生の皆さんは講義終了後、何人も質問にいらして、 逆に恐縮してしまった。 「でさあ、せっかくだから大倉、大学でも日本語でいいんで、やってくんない? 」 と恐いくらい気軽に頼まれたので、気軽に講義に行った。 私学の超大講義室ではないが、やはり階段状のでかい教室じゃないの。 どういうわけか、結婚式の司会以外は 大勢の前でも緊張できなくなってしまったので、 人の多い少ないは関係ないのだが、 何かひとつお楽しみが欲しいと欲が出て、 妙な前ふりから始めてみた。 私は下関西校という進学校のスーパー落ちこぼれ生徒だったのだが、 ちゃんと勉強している人は国立大学に進学していた。 九州大学は近いこともあり進学する人間も多かったので、 この落ちこぼれに講義されるエリートがいるかどうか興味があって聞いてみた。 「下関西校出身の方、手を上げてみてください」 いた。 一人だけいた。 ケケケ、あとで当ててやろう。 と、講義を始めて30分くらいで、私のせいかどうか、 教室の雰囲気がズンズン重くなってきた。 大学の大きな教室ではマイクを使う。 そういう授業は眠くなるのである。 私が講師でなくても眠くなる。 その上、私の声は眠くなると早朝の番組をやっていたときから 大クレームの嵐だったのである。 あちらこちらで机に突っ伏している不届き者が出現している。 何とか頭は上げているもののグラングランになっている連中もいる。 高校、大学時代を通じて私は一貫して前者であったのだが、 自分が話している時にやられるとくじけるなあ。 仕方ない、西校出身の奴を当てて、 どうでもいいけど絶対に答えられないこと逆質問してやって、 教室全体に活を入れてやろうと思い そいつを探すと、突っ伏して熟睡していた。 あー、もう俺の講師人生は終わったな、お前らのせいで。 いや、最近は学生さんが講師の逆評価もすると聞いたな、まずい。 盛り上げるために自分の会社で作ったCMを見せ始めたら全員顔を上げて 熱心にスクリーンに見入っている。 CM見せる講義ってインチキなんだよなあ。 ちゃんと話聞いてくんなきゃ意味ないんだけど。 講義が終わって教授と廊下を歩いていると講義を受けていた女子学生がいた。 教授が気を使って聞いてくれた。 「ねえ、おもしろかった?」 えっ、と微妙な顔をした後、自分の置かれている状況に気がついたようで 「はい!すっごく楽しかったです」 「いいよ、そんな俺の前で気を使ってくれなくて」 「いえ、本当に面白かったです」 「どうもそれはありがとうございました」 教授自慢のやたら量の多い学食のスパゲッティをご馳走になっても、 あまり励みにはならず、とぼとぼとホテルに戻った私であった。 大学でチョーク投げとかあるのかな。 テレビでしか見たことないけど、あれ練習しといたほうがいいだろうか。 大倉眞一郎 前回の放送で 「書くということは頭を整理することですから、 毎日数行でもいいから書きましょう」 と小学校の先生が日記や読書感想文を書くことを強要する ような調子で偉そうに申し上げてしまいました。 ごめんなさい。 気が付けば、当の私がそもそも2週間もブログを更新してないじゃないのよ。 全くもう。 人様にこうするほうがよろしくてよ、 なんて言っている場合ではなかった。 杏ちゃんのように激忙しくもないのに、 ちょっと暇忙しくなると本来の私が 「明日できることは明日やるように」 と指示を出すんですよ。 あの時間の番組なので 小学生のリスナーがたくさん聞いてくださっているとは思えないが、 そうでなくても小さな頃に先生からヤンヤカ言われて 辛い思いをした記憶が頭に浮かんだ方もいたのではなかろうか。 杏ちゃんは真面目に書いていたことを公言しているが、 私は読書感想文が嫌いで嫌いで嫌いで、 読んだふり感想文なんてのもやったことがある。 先日テレビのある番組で「子供たちに夏休みの宿題で何が嫌い?」 と聞いていたが、ダントツで読書感想文が悪者であった。 けなせない、感動したふりをしなければいけない、 モラルにつながることを「発見」して、 主題はこうこうでした、とわかったようなことを書かなきゃいけない。 だいたい主題ってなんだよ。 「人生なんて生きる価値のないゴミみたいなものです」 「人間がこの世で一番邪魔な生物です」 なんて小説だってあるのに、 どうしてよりによって太宰の「走れメロス」ばかり読ませんだよ。 太宰も本屋で並んでる一冊となりの本を間違って買っちゃった日には 「この本を読んで死にたくなりました」 なんてことになっちゃう作家だろうが。 「友情を信じることの大切さを学びました」 なんて感想文ばかり読んでて、先生も面白いんだろうか。 「国語のテストでこの文章の主題を30字以内でまとめなさい」 なんて問があると「書いた奴に聞いてくれ」と解答用紙に書いていた、 というのは嘘だが、 問題を作るなら 「この文章を読んで何を感じたかまとめなさい、誉めてもけなしてもかまいません」 が正しい情操教育ではなかろうか。 私が現在読んでいる本は手強くて、 さすがの私もページをめくるスピードが激遅くなっている。 「いやそれで何なんですか?」 と著者と対話しながら読み進めている。 著者としては「そんなに苦しいならやめなさいよ」と言いたいところではないかと 想像するが、もう戦いに突入しているので読みきって 近いうちに番組で紹介しようと思っている。 「何故書くんだろう」 「何故読んでいるんだろう」 と悩むことが特に小説と相対する時の正しい姿ではなかろうか。 話がずれたが、書くことは確かに頭の中でもつれている回路を 解きほぐすのにはかなり有効な手段である。 もうひとつは吐き出すことである。 入れたら消化して出す。 人間の自然な行為である。 すっきりしますよ。 また調子こいて、ブログちゃんと書きますから、 読んでくれていた人は読んでくださいね。 読んだことがない人はどうせこの原稿も読んでないだろうから、 どうでもいい話ですね。 大倉眞一郎 放送の翌日に読みました。 今や私の女王様に登りつめた本谷有希子の最新作であり、 芥川賞でまたもや涙を飲んだ作品である。 本谷氏の作品では常に女が暴れまくるのだが、 今回は口から火を吹きまくるというよりも、 二人の対照的なダメダメ女がウダウダし続ける。 いや、面白い。 芥川賞取れなくていいじゃないか。 今のままで充分面白いんだから。 取んない方がいい。 芥川賞作家なんてタイトルつけられるとうっとうしくなるぜ。 若い女の生態を知らない私であるし、 この小説の二人がそこらへんの若い女性の代表者かどうかわからないが、 町を歩いている女性の本来のウダウダ感がわかるような気になる。 本谷氏の筆力を感じる。 彼女の小説をすべて読んでいるわけではないので確かなことは言えないが、 私の知っている限り、 小説にはほとんど携帯電話でのやり取り、メールの往復は出てこない。 叫ぶにしても、暴れるにしても、落ち込むにしても、 必ずそれをぶちまける相手を探し出し、 勝手に直接思いの丈をぶつけて、気が済んだ気になる。 相手の迷惑顧みないその行動は、一般的にははなはだ迷惑であるが、 常に身体的であるがゆえに、抽象的な怒りであっても具体的に現出する。 それは不可解であったとしても受け止めやすい。 人生短いんだから、 じめじめ四六時中携帯でメールばかり打ってる場合じゃないだろう。 それで 「みんなと繋がってる〜」 つーのも時代の流れですから、あえて否定しないが、 「いつも一緒」って感じてたって、全然いつも一緒じゃないわけだから、 怒鳴りたい時は相手をふんづかまえて、 目の前で罵倒したほうが気持ちいいし、 キスしまくりたい時は(恋人の間柄の場合ですよ)、 いきなり押しかけて、激しくブチューとやったほうが盛り上げるに決まっている。 どうも「人と『繋がる』道具」が増えるごとに、 人は身体的コミュニケーションの仕方を忘れ、 ふと気が付くとすっかり孤独になってしまっているのではないかと おじさんは勝手に想像している。 私の携帯には週2本くらいしかメールが入ってこない。 淋しいなあ、と思ってもいないのに、 そんなふうに感じたりすることがあるので、 電車の中で一心不乱にメールを打っている人の気持ちも少しはわかる。 典型的なじじいの感傷文になってしまったが、 本谷氏の作品を読んでいると、身体を一度通した言葉の強さを感じる。 単純に演劇的ということでもないように思うんですがね。 「」、いいですよ。 買ってください。 大倉眞一郎 前回の放送では冒頭、夏のアルバイトの話になったが、 話したとおり基本私は肉体労働系であった。 大学は付け焼刃で入ったものだから、 英語以外家庭教師といっても教えられることがないからである。 ある年の夏休みに幸せなことに、英語だけ 高校生の美少女二人に教える機会があったが、 成績が上がったかどうか確認もせず、さっさと東京へずらかった。 もうあの美少女たちも立派なおばさんである。 偶然出会って、文句を言われても恐くない。 考えてみれば現在の私の娘とほぼ同じ歳の娘たちであった。 それでどうということもないが、何だか感慨深いものがある。 そんなわけで、ほとんど毎年、夏は軽くタオルを絞るだけで 汗が滴り落ちるくらい、肉体労働に終始した。 あんなことやっててもギックリ腰にならなかったのはやはり若さのおかげか。 大学一年の夏休みは親のコネで工務店で1ヶ月過ごした。 通常アルバイトにコネがあるのかどうか知らないが、 私の場合は強力なコネ。 そのおかげで大事に扱われるのかと思ったら違った。 一緒に働かせていただくのは最初はちょっと恐い職人さんたち。 職人さんたちとツーカーの仲で、仕事の手順をすべてわかって、 バイトのやることを取り仕切っている水産大学校の学生たち。 よそ者は私と私より一年上で上智大学に通っている学生。 これが困った。 私はどうしても根がまじめなので、 与えられた仕事は全身汗でずぶぬれになっても 必死でこなそうとするのだが、 その一年上の上智の学生が同じ高校出身だったこともあり、 先輩風を吹かすのだが、まるで仕事をやる気がない。 小学生だってもう少し真面目にやるだろうが、とは怒鳴れない。 「もうこの辺でいいよ」「いや、まだ全然できてないでしょう」 「いいんだよ。 適当で。 だれも見ちゃいないんだから」 馬鹿、見てんだよ。 プロは。 最初そいつと組まされた時は中途半端な仕事ぶりに社長も怒り、 当然私も同罪扱いである。 ほとほと嫌になって、プロのバイトの方々と組ませてもらい ようやく真面目に仕事に取り組めるようになった。 その上智野郎は3日で「やってらんない」ということでいなくなった。 別に上智大学の悪口言ってるんじゃないですよ。 そいつの名前を覚えていないので、 便宜的に大学の名前を使ってわかりやすくさせていただいているだけです。 どうしてんだろう。 あのサボり坊主。 名前を覚えていてもここじゃ出せないか。 仕事は異常にバリエイションに富んでおり、 とんでもなく根の張った木の切り株を掘り起こす、 馬鹿でかいレストランの地上10数メートルある屋根の上に 据え付けられた金のシャチホコを塗りなおす、 内装で壁に塗る素材を混ぜて、塗りやすい量を職人さんにコテで渡す、 しまいにゃセメントをこねていた。 高校のときの同級生が通りかかり、 「お前、何やりよるんか」 「セメントこねよる」 そんなやり取りもあったなあ。 多分この仕事に向いていたのだと思う。 ある日、黙々とセメントをこねていた。 その頃には他に混ぜるもの、水の量なんかも身体が覚えていて、 我ながらやるもんだと心の中で自分を誉めてやっていた。 すると横で私のコネ具合をじーっと観察していた 職人のおばさんが感心したように言ってくれた。 「あんたのお母さんは鳶かね」 何のことかわからなくてボーっとしていたら、 もう一度 「あんたのお母さんは鳶かね」 「あっ、いえ、普通の主婦です」 「ほー」 と驚いた顔をして持ち場に戻っていった。 お母さんが鳶の子はセメントをこねるのがうまいのか? ちょっと飛躍がありそうだけれど、 誉められて大変誇りに思いました。 もう今はセメントをこねると間違いなく腰を痛めるが、 そんな才能もあったのだなあ、 あそこでバイトしなければわからなかったことである。 大倉眞一郎 あー、知らないこと、知りたいなー。 見たことのないもの、見たいなー。 聞いたことのないもの、聞きたいなー。 食べたことのないもの、無理のない範囲で食べたいなー。 というのが、私の基本的行動原理である。 特に世界に限ったことではない。 日本中知らないことだらけであるが、 外国に出かけるほうが、ショックが大きくて、しぼんでしまったり、 やたら気が大きくなったりするので、どちらかと言えば外国好きである。 本は良いですよ。 「世界中を旅することはできない。 そのために本がある」 ミラ・ナイール監督の撮った「」の 主人公の父親が言った言葉である。 この映画、良いですよ。 ニューヨークとインドが舞台になっています。 DVDで借りて見てください。 しかし、私の場合、読む本の内容を恐ろしい勢いで忘れてしまうので、 ときどき「あの本はよかったねえ。 とくにあの場面で主人公が言ったあの言葉」 とか胸を張って暗唱してくれる人がいるが、信じられない。 読めば、次、読めば、次。 忘れられないくらい素晴らしい本なら、忘れないだろうし、 忘れてしまったにしろ、どこか無意識の小部屋に埃のように、 少しずつ溜まっていくものがあるだろうと納得させているのだが、 読んだか読まなかったかも怪しい本が本棚の奥から出てきたり、 「最高に面白いねこの本は」と読み勧めていくうちに 「ありゃ、これ読んだことあるわ」 なんてこともあるので、不安でしょうがない。 私にとっては、本が存在しないと生きていけないというくらい 人生で重要なものであるが、やはりこれがすべてではない。 実際に人と出合ったり、不思議なものを見たり、驚いてみたり、怒ってみたり、 考え込んでみたり、なんやかんやすることはもうすぐ52歳になる私としては やはり、とても大事なことやったなあ、 これからもそんなこと続けんといかんなあ、としみじみ思う。 ハワイには仕事で何度も行ったし(不思議なことに撮影では行ったことがない)、 プライベートでも恥ずかしながら、ダラーンとしに何度か訪れた。 何年か前、マウイ島で車を走らせていると、赤茶けた土地に広場があり、 なにやら妙なものがたくさん並んでいた。 近づいてみるとお墓であった。 すごい数の墓。 すべて日本語で名前、没した日が彫られている。 ハワイ移民のお墓である。 亡くなった年を考えると一世、二世の方々ではないかと思われる。 生まれてすぐ、あるいは、ほんの数歳で亡くなった子供の墓も多い。 すぐそばにあるリゾートホテルでとろけていた私は 別に悪いことをしていたわけではないが、 どんな気持ちで亡くなったのだろう、と考え込んでしまい、 何度かその墓地に足を運び、写真を撮った。 この墓地をテレビで紹介されても「へー」くらいにしか思わなかっただろう。 偶然見つけたときのある種の衝撃は、それをどう解釈するにしても 一生忘れないであろう。 もっともっと衝撃的なことは何日でも語り続けられるほど胸に溜まっているし、 私の思考回路のどこかに溶けて、血になったり肉になったり、 神経組織となっているかもしれない。 今この経済状況でこんなことを書くと顰蹙を買いそうだが、 日本では会社を一旦辞めて長い旅に出ると、 ドロップアウトの宣告を受ける。 だから日本人はいい歳をした男のバックパッカーが少ない。 働き続けることは素晴らしいことでもあるが、 そんなに長くもない人生、何がどうなるかわからない。 海を渡ってみることも悪くないですよ。 労働流動性の問題、法律ひとつで変わるものではありません。 こんな状況だからこそ、 根本的なところから考え直すにはいい機会だと思うのですが。 大倉眞一郎 「世界地図帖」を紹介していた時に日本は現地発音主義で 地名を表記していると申し上げた。 これは旅をしているとありがたいことで、 現地で「そりゃどこのことだ」といぶかしがられることはない。 ただ、地名だけの話で、 アメリカで「マクドナルド」だとか「マクド」と言っても全く通じない。 「マクダーナル」と言ってくださいね。 通じます。 この場合「ギャグ・ド・リヨン」と割り切って話すと通じます。 中国語はややこしい。 たくさん言葉があり、ほとんど通じないくらい発音が異なる。 そのため普通語というほとんど北京語と同じ発音の言葉が 全国に普及している。 外国人はいくつも言葉を覚えなくてすむのでありがたいが、 嫌だね、と思っている人もいるはずである。 さて、日本ではどう発音するか。 たとえば北京はベイジンがペキン、上海はそのままシャンハイ。 これくらいはすんなり来るのだが、 四川は四川語ではなんと言うのか知らないが、 日本ではシセンである。 ただ、普通語ではスーチュアンが正しい。 四川の首都、成都はほぼチャンドゥと発音する。 香港は広東語ではホンコンだが、普通語ではシャングアンである。 現地発音主義と言ってもそれぞれの国の事情があるので 簡単にはいかないのである。 日本語も現地発音主義はいいのだが、必ずしもそうなっていない。 一番いい例がイギリスである。 英国でイギリスと言っても自分の国のことを言われていると思う イギリス人は皆無である。 何故イギリスと呼ぶようになったかは面倒なので省くが、 この国はどの国でも呼び方が定まらない謎の国である。 インドでは地名の変更がこのところ富に盛んでややこしい。 イギリス植民地時代に呼ばれていた地名を その前の呼び方に戻しているのである。 ボンベイがムンバイに変わったのはよく知られているが、 ここで作られた映画はボリウッドムーヴィーである。 カルカッタはコルカタ、マドラスはチェンナイに変わった。 日本でベナレスと呼ばれるヒンズー教の聖地は 英語名のベナリースから来ているが、独立後はヴァーラーナシーに変わった。 そしたら今度はバナーラスが正式名称に変わったと言われるが、 駅や空港はヴァーラーナシーのままである。 よくわからない。 さて、現地発音主義を無視して傍若無人な発音で押し通しているのが 英語を母国語としている連中である。 もうびっくりすることばっかり。 ロンドンに赴任してチューリッヒに出張することになったのだが、 総務のイギリス人に「チューリッヒに行くよ」と言っても全然通じない。 「だからここだよ」、と地図を見せると「あー、ズーリック」と大笑い。 私がアホのような扱いである。 同様にフィレンツェはフローレンス、ブリュッセルはブラッセル。 これくらいはまだ可愛いが、ナポリはネイプルズ、ミュンヘンはミュニック、 セヴィリァはシヴィルになる。 英語で読み通せるものは英語読みに変え、 読めないものは綴りを変えてまで発音しやすいようにしてしまう。 東京なんてエドですぜ。 これは嘘。 日本の地名は変えようがないようである。 てなことを面白がりながら、地図を見るのも楽しい。 大倉眞一郎 前回私が紹介したのは「貧乏神髄」であるが、 実は辻井喬と上野千鶴子の対談「ポスト消費社会のゆくえ」と どちらを選ぶべきか大変迷っていた。 辻井喬は元セゾングループ総帥の堤清二である。 本名が堤清二で辻井喬がペンネーム。 なのだが、本の中で上野千鶴子が指摘しているように、 あたかも堤清二という仮名の企業人と本音を語る辻井喬がいるような 逆転現象が読み取れておもしろい。 上野千鶴子は社会学の権威兼恐ろしいフェミニスト、 というイメージが強かったのだが、 論理的思考に優れつつも、心の機微、情緒も持ち合わせている方であった。 で、取り上げかけたのだが、私が辻井喬の本を読んだことがないことを思い出し、 また今度にしようと思った。 しかし、私の中で「貧乏神髄」とかぶるので、もう改めて紹介しません。 文春新書から出ています。 興味のある方はどうぞ。 私からしてみれば現在、大不況と言われながらも、 大量生産、大量消費を目指す方向は変わっておらず、 「ポスト消費社会」という言葉は不適当ではなかろうか、と思われる。 彼らが言う「消費社会」というのは、 あくまでもかつて西武や丸井に代表されるようなデパートが 消費を引っ張り、あたかも消費=文化的生活、「自分発見」への 道であると喧伝していた頃の社会を指している。 であるから、懐かしい昔話のオンパレードで ちょっとしらける方もいらっしゃると思う。 私は今も基本的な消費傾向は変わっていないと考えている。 専門店化、ネットでの買い物等に形態が変わっただけである。 ただし、大方の見方のように不況から脱すれば、 世界中、元通り物を買いまくるか? 私は消費への欲望について否定しているわけでは決してない。 必要なものは必要に応じて、必要でないものも欲望に応じて 人間の奇妙な行動原理にあわせて買えばいいと思うが、 その行動原理も文化的なものであるから、 所変われば全く別の形態もあることは承知しておいてもいいだろう。 さて、消費において最も優先されるのは食べ物である。 食わなきゃ死ぬからである。 うまいまずいは味覚の違いにもよるが、 価値観の差でもある。 「こんなまずいものが食えるか」 と言い放つ人でも、食うものがなくなり、 「まずいもの」しかない状況におかれれば、 まずその「まずいもの」を食う。 食わないで餓死を選ぶ人もいるはずであるが、 それは、よほど個人の食べ物に対する文化(幻想)意識が強いわけであるから、 ある意味賞賛に値するかもしれない。 ラオスの首都ビエンチャンから北はほぼ山の中と言っても良い。 ルアンパバーンという古都は小さいながらも、 観光地として成立しているので、 ちゃんと西洋人向けのふざけた値段のメニューを置いているレストランが多くて 頭に来るのだが、そこからさらに北に向かうと、 よほどの物好きでないと旅行者はいないため、 町の食堂かマーケットの屋台でみんなで仲良く食事を摂る。 マーケットも北に行けば行くほど規模が小さくなり、 何でも揃っているマーケットではなく、 食い物だけしみじみと置いてあるものに変わる。 少数民族のお歳を召した女性は民族衣装でやたらと筍を売っている。 私が行った時期が筍の季節だっただけなのだろうが、 山の中で暮らす人々はとにかく筍だけ並べまくる。 地べたに何人も列を作って売っているのだが、 大繁盛のお店はない。 これ売んないと、他のものが買えないのだろうから、 困るだろうに客の取り合いという喧嘩もなく、 じーっと静かに座り込んだままである。 売れないと筍ばかり食べるのだろうか。 結婚式に乱入した時に筍の煮物をいただいたが、 姫筍を一回り大きくしたくらいのものなので、 柔らかくてとてもおいしい。 自炊が出来れば、焼いたり煮たり、超ご馳走である。 蛋白源は肉もあるが、魚も重要である。 もっと立派な魚を水槽で売っている店もあるのだが、 この方々はやはり少数民族のようで、 マーケットの一番端に場所を与えられていて、 やはり売れ行きは芳しくない。 魚は私には鮒にしか見えない。 実は私は鮒は苦手。 あの鮒売れたかしら。 気になりつつ、屋台でカオ・ソーイという肉味噌のかかった 汁麺を食って帰る私である。 そのカオ・ソーイ、とてもおいしいのだが、日本円で約50円。 彼らにとって安いのだか高いのだか実感できないのが、残念。 多分安いということはないはずである。 ラオスの山の中も日本とは少々異なるが消費社会である。 大倉眞一郎 アサクサロックという場所があることを知ったのは、 就職してからではなかろうか。 学生時代に東京見物する金銭的余裕はなかったし、 浅草寺が特にありがたいお寺だとも思っていなかったはずである。 多分、ただ「読め」と言われたら「あさくさでら」と答えていた。 仕事を始め、割と早い時点で、 いろいろ事情がありまして、浅草に出没することになりました。 雷門、立派じゃないですか。 仲見世、買う物はないけど、楽しい。 浅草寺、「せんそうじ」ですから。 お線香の煙を全身に擦り付けるのが大好き。 浅草寺から六区へ抜ける屋台の並ぶゴチャゴチャした通りも大変好ましい。 かつての浅草六区の賑わいを写真で見ると イランの改革派のデモに匹敵するほどである。 さほど広くもない通りの両側には映画館、芝居小屋、演芸場、ストリップ劇場が 軒を並べ、客は空いている小屋に入るくらいしか選択肢がないように見える。 それほどの場所だったのだ。 30年近く前の六区はかつての華やかさには到底及ばないが、 まだまだ、活気があった。 六区は庶民の町ながら、 私のような田舎者にはどことなくよそよそしいイメージがあり、 ちょっとフランス座に寄って行くかとか、 そんな気軽な場所ではなかった。 多分、渥美清、ビートたけし、更には井上ひさしを 生み出した場所という伝説が重かったのだと思う。 今はもうフランス座はストリップをやめてしまい、 残るストリップ劇場はロック座しかなくなった。 しかも、表示はROCKZAである。 一度入ってみたいのだが、こちらは綺麗に改装されすぎていて、 どうもその気になれない。 映画館もかつての歌舞伎町以上に集中していたようだが、 現在は封切館がなくなってしまった。 しかし、数軒残っている小屋はかつての面影を濃厚に残しており、 掛けている映画も心を震わせてくれるものばかりである。 たまにしか入らないが、今どきどこにもない3本立てである。 一日楽しめる。 かつての浅草演芸場の写真を見たことがないので しかとは申し上げられないが、 多少手は入れられているはずだが、こちらもほとんど昔のままではなかろうか、 妙な感じのトイレがあったりして、素敵である。 演目も落語からマジックまでグダグダに混ぜてあるので飽きない。 昼の部は11時40分から16時30分、 夜の部は16時40分から21時まで。 原則入れ替え制ではないので、 居たけりゃ11時40分から21時までお楽しみください。 夜は通りの裏に大衆酒場が並んでいるので、 そちらもお勧めであるが、 私は小さな料理屋が並んでいる食通街へ行って、 夏はすっぽん、冬はあんこう鍋を食べるのが恒例である。 申し訳ないが、店の名前は教えられない。 予約を取るのがますます大変になる。 浅草、ずいぶん変わっちゃったけど、まだ持ちこたえている。 嫌なことを言うようだが、もっと変わってしまうような気がしてならない。 せっかく東京に居るんだから、是非浅草で一日遊んでみてください。 肩の力抜けますよ。 大倉眞一郎 先週の放送では、北方謙三の小説の話をしていたのに、 いつの間にか食い物の話に変わっていた。 てっきり私のせいだと思っていたのだが、 よーく考えてみると「水炊きは食えなかった。 くやしい」、 「熊本では馬刺しを食べなきゃ」と話を先導していたのは 杏ちゃんだったはずである。 私は合いの手を入れていたくらいだった。 杏ちゃん、仕事の場所は食い物で選んじゃならんぞ。 東京では九州ラーメンはすべてとんこつで、 どこで頼んでも同じようなものが出てくると思われている節があるが、 これこそ東京の地方文化軽視の代表的な例である。 東京生まれの人間が宮崎のラーメン、 博多ラーメン(同じ福岡でも場所により特徴が異なる)、 熊本ラーメン、鹿児島ラーメン、佐賀、長崎、大分のラーメンの違いを 言い当てられるようになって初めて地方と中央の対立がなくなるのである。 もっと知事さんたちはそのあたりに力を注いで欲しいところである。 食文化ほどその土地の名刺代わりになるものはない。 さて、私に書庫には多数のいわゆるラーメン本が並んでいる。 どうしても東京中心のものが多いのだが、 一冊、お宝扱いされている本がある。 「麺食いランキング 九州」がそれである。 この本はメチャクチャといえばメチャクチャで、 県ごとにラーメン、うどん、そばについてはそれぞれの県のタウン誌が 1000人〜1500人にアンケート調査を実施し、 10位までランキングをつけている。 ランク外に落ちたものも載せているのだが、 私の見たところ必ずしも納得が行くものではない。 落とされた店は悔しかろう。 それでも、ラーメン、うどん、そばの他、特別に ちゃんぽんコーナー、スパゲッティコーナー、 どこにも分類不可能な麺コーナーがあったりで、 かなり網羅的な作りになっており、 九州の麺を求めて一年放浪の旅の出ようという人にはうってつけの本である。 私もいつか、と考えている。 せっかくなんで、ラーメンのみ各県の一位を紹介しておこう。 福岡(福岡市)一蘭 すでに東京に何軒もありますね。 (久留米市)大龍ラーメン (北九州市)唐そば 渋谷に支店があります。 佐賀 一休軒 長崎 一休軒 奇しくも佐賀、長崎の一位は名前が同じだが、関係ないらしい。 大分 なべさんラーメン 熊本 黒亭 宮崎 風来軒 鹿児島 くろいわラーメン 見ているだけで身体がよじれてくるほど、切ない本である。 しかし、発行されたのが平成10年。 プランニング秀巧社から出ている。 麺食い人はどんな手段を使っても探し出すことをお勧めする。 大倉眞一郎 先週の番組は正確には合評ではなかった。 合評をするには読み込みが足りないという気もしたのも事実だが、 1Q84のどの部分に触れても、これから読む人たちの気をそいでしまうか、 重要な内容の一片を話してしまうことになるのが嫌だったのである。 杏ちゃんと「どこまで話せるか難しいね」と悩みながら、 地雷を避けながらそろそろと進んでいった。 しかし、村上春樹がすごいのか、 杏ちゃんと私の連携プレーが見事だったのか、 皆さんからの反応には驚いた。 大変な数のメール。 それもぎっしりとご自身の感想を書き込んでくださっていました。 買ったきりなかなか時間がなくて読めない人、 BOOK1が手に入らなくて読みたくても読めない人も きっと多いと思うが、早々に読み終わり、 メールまで送ってくださる方があれほどいるとは思いませんでした。 本当にありがとうございました。 ちなみに昨日、打ち合わせで会う人間から家を出る直前に電話がかかってきて 「大倉さん、1Q84持ってる?」 って番組聴けよ、お前。 「BOOK1が手に入らないんで、貸してよ。 BOOK2も」 古い付き合いの人間なので重い本を抱えて行った。 帰りに「何がこんなに重いんだろう」とバッグを覗いて、 「あっ、1Q84だった」 とのたまっていた。 それにしてもだ、この本の売り上げもさることながら、 マスコミの取り上げ方もなかなかすごい。 テレビではまだ読んでいないキャスターが、 「ここまでは話してもいいそうです」といいながら、 地雷をバンバン踏んでいる。 司会者もコメンテイターも「へー」って顔で聞いて、 「それで面白いの?」とか質問している。 決して全員に読めと言っているわけではないが、 紹介するのならもう少しデリケートにやってくれないかしら。 新聞や雑誌で紹介される分には、 読んでない人間は避けて通れるが、 いきなり「青豆は実は...」とかラジオやテレビでやられると、 何すんだよ、とどつきたくなる人も必ずいると思うのだが。 「読まずにわかる1Q84」みたいなのもあったが、 それでいいのなら、別に文句もないが、「じゃ、知らなきゃいいじゃん」 という気がする私が間違っているのかしら? そんなわけで繰り返しになるが、 私たちはネタばれを巧妙に避けながら、話をした。 物足りなかった方もいると思うが、 お察しいただけたらと思います。 で、村上春樹について、また過去の作品について話をしたりしたのであるが、 このあたりもなかなか私としては難しい。 内容を紹介することが嫌なのではなく、 私は小説は出版された時点で作家の手から読者の手に渡り、 その解釈はあらゆる意味で読者に移譲されるべきだと考えているからである。 作者が何を言っても後の祭り。 黙っていて欲しくなる。 そう言いながら、好きな作家の本はほとんど読むという習慣のついている私は、 やはり、作家論にまで及びたくなってしまう。 読者が作家について語るのは自由だと思うのだが、 なんか余計なことまで言いたくなるのが困るんですね。 確かあれは遠藤周作だったと思うが、 国語のテストに彼の小説が使われていて 「下線部分について作者はどんな思いで書いたのでしょう」 という問題があり、先生からどれが正解でしょうか、 と聞かれ、「全然わからなかった」、と何かのエッセイに書いていた。 「勝手に解釈して」が正しい答えだと私は思った。 大倉眞一郎 「ボツ」。 最悪の響き。 冗談じゃなくて、この言葉を聞いただけで背筋が凍る。 先週の放送でも同じようなことを言ってしまった。 トラウマを抱える人間は同じことを何度も話す。 昔、某飲料メーカーの担当営業をやっていた時に、 得意先の制作の責任者が就任して最初にやったことが 直径10センチのボツマークの判子を作ったことだった。 「ダメな原稿には、これ押すんですよ。 バーンと」 と気持ちよさそうに話していたが、 私には心折れるお話であった。 広告会社をやっているといろんなボツが出る。 理由がさっぱりわからないもの、 明らかにこちらがミスを犯しているもの、 ただの意地の張り合いになり、お蔵入りしてしまうもの。 どんなケースにしてもボツは辛い。 ボツになる前に皆さんはよーくクライアント様と話し合ったくださいね。 ひとつボツになると2歳は寿命が縮まるので、 私にはもうあまり長い時間残されていない。 そういう人間の言うことは聞いておくように。 放送業界には「ダメだし」はあっても「ボツ」はないので嬉しい。 でも、原稿にはある。 原稿で揉め始めると、引けなくなってしまうことがあり、 その場合、泥沼に落ち込む。 そんなこと本当は一度だけなのだが、 10年前にある雑誌で抜き差しならないことになったことがある。 一番、残しておかないといけないところを削れとか言ってくるんだから、 プロの物書きでなくても、簡単には 「はい、そうですか」 とは言えない。 「大倉さんはいったい何が書きたいんですか!」 「オメーは何を書かせたいんだよ!」 てなことになる。 恐らく私が悪いのではないかと思うが、 具体的に書かせたいことがあるんなら、 自分で書きゃいいだろうに。 昔のことです。 今はもうない。 もうないで欲しい。 このブログは私が至らないことを書いたときだけ、 気持ちよく指摘してくれるので、 「バーカ」「バーカはお前」みたいな、 小学生の言い合いになったことはない。 写真も99. 私の「漂漂」(ふわふわ)という本は、 編集の方が文章については見てくださったのだが、 写真のセレクトはほとんどアートディレクターと二人でやった。 載せた写真が80数枚だったのだが、 私がラフセレクトをして300枚くらいにしておいた。 そこから削るのが苦しい。 私としては全部載せたいのだが、物理的に無理だし、 アートディレクターはそんな私に頓着なく、 「これはないね。 大倉さん、いいよね」 とどんどん落としていくので、 こっそり後で落とされたものを戻したりしていたが、 結局、載せないことになる。 「伝えたい」と「伝わる」は違うのである。 最終的には売れはしなかったものの、 好きな人には好かれる本になった。 写真のセレクトが大きかったと思う。 ボツのない世界に行ってみたいが、 そこは赤ん坊の世界。 全能感だけを持った、何も出来ない一人だけが宙に浮いた世界である。 それが面白くないから、人間は摩擦を楽しんでいるのである。 「漂漂」で落とした写真を2枚だけ掲載させてくださいね。 ミャンマーの猫。 昼間は人間も動物も寝ている。 ロンドン、コヴェント・ガーデンの芸人。 コヴェント・ガーデンはちょっとお金のある人のマーケット。 カムデン・マーケットはどちらかというとお金がない人向け。 ようやく日の目を見せてやれました。 大倉眞一郎 「凶区」とは森山大道独特の表現であるが、 確かに日々見慣れた風景が、 突然初めて出会ったような奇妙なものに変わっていることがある。 下痢をしていて腹を抱えながら歩いている時に起こることも多いが、 きっかけもなく、いきなりそんなことになると 自分がおかしくなったような気がして不安になる。 何が引き金になるのかはわからないが、 日頃目に入っていなかったものが、急に存在感を増幅させて、 見えていたものにまで影響を及ぼしているように思う。 それで憂鬱になったり、晴れ晴れとした気分に変わったり、 世界が完璧な調和の中にあるように感じられたり、 まさに「禍々しい世界」が現出したりする。 森山大道はモノクロでとにかくシャッターを切りまくり、 彼の見た「禍々しい世界」を印画紙に焼き付けるが、 私は個人的にはとても異質な世界を感じることがあっても、 禍々しく見えたことはない。 見えないことのほうが禍々しく思えることのほうが多い。 でも、森山大道の肺腑をえぐるような写真には圧倒されて、声をなくす。 よく海外旅行に行ったあと、撮った写真を見てみると、 どうしてこんなものにカメラを向けたんだろう と思われた方も多いのではないかと愚察するが、 日頃見てないものを見ているのだから当然である。 私なんか 「ゲー、すごいもん見ちゃった」 と思い、マンホールの蓋を撮ったこともある。 まあ、面白いといえば面白いんだが。 20代の頃は休みのたびにカメラを持って町を歩いていた。 下町が好きだったので、画角だけ気にして何でもシャッターを切っていた。 会社のデスクで現像したものを見ていたら 「これ、なんかいいのはわかるけど、どうすんだよ。 人に見せんの? 無駄なんじゃない」 とぬかしたかなり年上の同僚がいたが、 30年近く経っちゃったけど、今ここで見せてんだからいいだろう。 発表しなきゃ写真を撮る意味がないといわれたら、 写真なんて撮れないじゃん。 俺はなんか感じたからシャッター押したんだよ。 ちなみに私を罵倒したのか誉めたのかわからなかったその人は、 今は中国で高級美容院を経営して大成功しているらしい。

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【荒野行動】おすすめ設定の紹介と変更方法|ゲームエイト

荒野 行動 ヘルメット を かぶる と 服 が 消える

ラフマーンによる躍動感あふれるナンバーを。 2 白夜行 / QOOLAND ボーカル/ギターを担当するバンドのフロントマン、 平井拓郎が東野圭吾の代表作からインスパイアされたナンバー。 3 Chaiyya Chaiyya / Sukhwindar Singh-Sapna Awasti こちらもA. ラフマーンによって書かれたインド映画音楽。 初出は1998年の作品『Dil Se.. スパイク・リー監督・デンゼル・ワシントン主演の『インサイド・マン』でも この曲が効果的に使用されていました。 小松左京が死んでしまった。 全身から力が抜けていく。 番組で一度、私の頭はほとんど岸田秀でできている、と話したことがあるが、 本当は半分がそうで、半分が小松左京だった。 ここ数年はまっていて抜け出せない、マルチバースの宇宙論も私の頭の中で、 半ば小松左京が「どや、おもろいやろ」とつぶやいているように 思えてしまうことすらある。 かつて朝の番組をやっていた時に最後の一週間、 ゲストに来ていただき、話をうかがう機会があったのだが、 それはもう文学、哲学、物理学のごった煮で、 知の塊に頭をごんごん殴られているかのような印象で、 眩暈さえしたものだった。 2006年に「日本沈没第2部」を小松左京+谷甲州で発表されたが、 あとがきで本人が大きな枠組みとテーマは決めて、 後は何人かで人物設定等は議論し、 最終執筆は谷氏に頼んだ、と書かれていた。 まさに壮大な小説で、長い物語に酔いしれながら読んだ。 ここ数週間、PHP新書から出ている 「宇宙にとって人間とは何か 小松左京箴言集」を 毎日大切に数ページずつ噛みしめるように読んでいたので、 やはり何かのご縁が合ったのではないかと、 私らしくないことを思いたくなってしまう。 小松左京が前述の収録が終わったあと 私が「虚無回廊」を絶対に終わらせて欲しい、 としつこく頼んでいたら 「あのな、物質と反物質を接触させてやろうと思ってるんだよ」 とお話になったことが頭から離れない。 とうとう書かないで逝かれてしまわれた。 小松左京と尊称なしで書かせていただいたのは、 どうしようもないほどのファンだからです。 お許しください。 魂が宇宙を超えて飛び回り、その成り立ちを観察して、 存分に楽しまれているに違いない。 思い切り楽しまれてから、ゆっくり休んでいただきたい。 大倉 「バンドやらんかね」。 もてたい一心で始めたわけじゃなくて、 とにかくイラついていた中学2年の時、 音楽が助けてくれるような気がしていた。 何から助けてくれるのかわからなかったが、 田舎町の私の家に揃って、やたらでかい音を出してると、 もやもやが消えるような気がしていた。 楽器はリードギターの兄貴があちこちでもらってきたもののお下がり。 他の連中は一番安い楽器を何とか親を説得して、調達していた。 バンドは集まらなければ練習不可能である。 場所は私の家の応接室を無理矢理スタジオに変えたのだが、 困ったのは、楽器の運搬である。 ドラムセットを手で持って歩くと、何度も往復しなければならない。 熟慮の末、リアカーを借りることにした。 毎週土曜にリアカーを津田君の近所の家から借りて、 アンプやドラム、その他の楽器を山盛りにして全員で運んだ。 リヤカーなんか東京の若い方は知らないでしょ。 あれ簡単に動かせるように見えるけど、 引き手を押さえながら引っ張らないと、 後ろにそっくり返るんだぜ。 人通りの多い通りではなかったが、好奇の的である。 また、大倉のバカ息子がおかしなまねをして、って感じ。 そもそも当時エレキギター、ドラムなんちゅうのは、不良の持ちもんである。 それに練習を始めりゃ、近所迷惑はなはだしい。 クレームの嵐である。 仕方がないんで、家中の布団をかき集めて窓壁を覆って、 真夏でもその中で練習。 それだけで体力使い果たして、 「もう練習しとうない」と言い出す始末である。 モチベーションがないと練習に身が入らないので、 小学校の音楽室を借りて「音楽祭」。 悲しい数の聴衆。 しかも親ばっか。 少しだけ友人。 こりゃいかんと、中学の体育館のステージを貸せと先生に直談判。 学校から認められているクラブでもないのに、できるわけない。 でも、貸してくれた。 先日、同窓会に当時の談判に応じてくださった先生が来てくださっていた。 「本当にあの時はご迷惑をおかけしました」 こちらも53歳である。 ちゃんとした挨拶くらいできる。 「いや、おまえらはまだ直談判に来ちょっただけまし」 とのことであった。 お世話になった。 中学生デビューを果たすつもりだったのだが、 誰にプロにしてください、とお願いするかもわからぬうちに、 卒業してしまっていた。 高校になってからは更に活動は本格化していった。 応接室は常設スタジオと化して、バイトで貯めたお金で 楽器はグレードアップし、アンプ、マイク、マイクスタンド、 多重録音を可能にするため、オープンリールのレコーダーも2台そろえた。 KRYのラジオ番組で2曲演奏もし、怖いものなしのはずだったのだが、 田舎でやってたんじゃ、井の中の蛙。 学校やめて東京に行くと宣言したが、 自衛隊出身で高校教師になった担任は一枚上手で、 「えーっと、退学届けの雛形はどこじゃッたかのう」 と最初に一発食らわされ、ひるんだ我々の動揺を見逃さず、 「まあ、やめるんはいつでもやめられる」 と今考えれば、わかりやすい説得にかかった。 親は泣くは、メンバー全員の気持ち、必ずしも揃わず、断念。 後は手当たり次第にレコード会社にデモテープを送りつける。 「もう少し頑張りなさい」くらいの連絡はあっても、 「東京に来い」とは誰も言わない。 そりゃそうだろう。 今やカラオケでかつて歌った曲を怒鳴るように歌うのが精一杯。 BECKを見た。 10代の頃、バンドのことだけを考えていた数年間が鮮やかに蘇ってきた。 とまどい、高揚感、挫折、すべてが今の私を形作っている。 若者よBECKを見よ。 オッサンも見て思いださせ。 会社の愚痴言ってる場合じゃないぜ。 大倉 つかこうへいがあの若さで逝ってしまった。 報道で改めてつかこうへいの大きさを思い知った。 私がつかこうへいの文章に触れたのは、高校生の時である。 角川から74年に発刊された野生時代に書いていた。 すでにそのときには「熱海殺人事件」で岸田戯曲賞を取っていた。 私の記憶が正しければ、野生時代では日々のことを嘘交じりに エッセイとして書いていたと思う。 現在幻冬舎の社長の見城氏が何度もそのエッセイに登場して、 その嘘か本当かわからない言動に爆笑していた。 田舎の高校生にはたまに来る民藝くらいしか芝居なんてものは 見た事はなく、東京ではアングラ劇団がすごいことになっている、 という何がすごいのか分からないが、 だれも見たことのない新たな動きをただ、想像しているしかなかった。 大学に入っても芝居を見るお金なんてどこにもなかった。 バイトで稼いだ金はすべて安酒場で消えてなくなっていた。 それでもつかこうへいが忘れられなかった私は彼の本をむさぼり読んだ。 芝居もそうだったが、次々に小説も発表している時期だった。 すべてが新しく、衝撃的でこんな恐ろしい人に鍛えられる劇団の人は さぞ辛かろうと、半ば同情していた。 発表している作品が多すぎて、とてもすべて読めてはいないが、 当時は一番好きな作家であった。 仕事を始めてからは、他の劇団の公演には通ったが、 なぜか彼の芝居に足を向けることはなかった。 だから、一度もつかこうへいの芝居は見たことがない。 どうしてそんなことになったのかさっぱりわからない。 いまさら後悔してもどうしようもないのだが、 残念でならない。 つかこうへいの本はどれも人の心をえぐり、同時に情でそのえぐった穴を満たしていく。 あえて一冊だけあげれば私は「娘に語る祖国」が一番好きである。 つかこうへいに育てられた数え切れないほどの役者たちは、 何が一番好きなのだろう、とこんな時に思うべきことではないことを思ってしまった。 無宗教である故つかこうへい氏をどのように追悼していいのかわからないが、 再び彼の本を読み直すことが一番私には胸に落ちる。 大倉 番組でご案内しましたとおり、 昨日6月30日で私の写真展は終了いたしました。 いらしていただいた、たくさんのリスナーのみなさま、 本当にありがとうございました。 昨日が最終日だったので、あまり意味はないのですが、 友人たちと会場で飲んでいたところ、 ずいぶん熱心に御覧になっていらっしゃる男性がいるなあ、 と思ったら、声をかけてくださり、番組を毎回聴いてくださっていて、 「最終日にやっとこれました」とお話しくださいました。 足を運んでいただき、声をかけていただき、本当にありがとうございました。 洋画家の方だったのですが、 お名前を出していいかどうか、うっかり聞き逃してしまいましたので、 控えさせていただきますが、 いただいた作品集は素晴らしく、胸に清涼な風が吹くよな、 美しい絵を描いていらっしゃいます。 この番組も杏ちゃんも私もスタッフも さまざまな方に聴いていただけて幸せ者です。 またこれからも番組を可愛がってやってください。 本日は淋しい写真撤去を早朝から夕方までかかって済ませました。 全体力、精力を使い果たすようなきっつい作業でした。 写真の撤去まで手伝ってくれた、 この写真展のアートディレクター、中村幸絵さんにこの場を借りまして、 御礼申し上げます。 大倉 先週紹介した本は、 うまいことインド美女と結婚できた杉本さんの話であったが、 どうなんだろう、あんなチャンスが普通の日本人に 訪れることなんてあるんだろうか。 仕事で赴任している日本人がインドに骨を埋める気で 高いハードルを乗り越え、美女を娶る勇気があるだろうか。 うまいこと日本に来ている留学生と結婚できることはあるかも知れないが、 インドで暮らしつつ、「俺が君を守るから」なんて言って、 めでたし、なんてことは極めて稀であろう。 かつて私の勤めていた会社で、 タイ一番の人気女優と広告の仕事を通じて結婚して、 その後も幸せに暮らしましたとさ、という話を聞いたことがある。 「そんなのありですか、職権乱用で逮捕でしょう」、 と詰め寄ったのだが、広告会社というのは男と女のことについては甘い。 みんなただ羨ましいと思っていたそうである。 タイとインドじゃ状況全然違うしな。 さて、私は「インドの女性は全員綺麗」に近いことを申し上げたが、 あれはあくまで私の個人的審美眼によるところのもので、 「そんなことない」と思っている方も多いであろう。 私も本当のところ「全員はちょっとオーバーだったかもしれない」 と話した後で思ってしまった。 ただし、個人的には世界でも有数の美女比率の高い国だと信じている。 問題はですね、心を締め付けられるような美女に出くわしたとしても ただの旅行者の私には何らアプローチの方法がないということである。 日本でもナンパなんてしたことないのに、 いきなりインドの街角で、美女に寄って行って 「お茶でもいかがですか」というわけにもいかない、 じゃなくて、とてもできない。 インドの言葉が話せないんだもん。 たとえ話せたとして、坊さんの頭をほうたらかしてたら こんなになってしまいました、という具合にピンピンに毛が立ち、 極めて日に焼けやすい頭頂部を晒した、汚いなりをしたオッサンに ついてくるお嬢さんがいたら、日本ででも奇跡だろう。 それにお茶に行くってどこに行くのよ。 こっちは高級ホテルに入れる身分じゃないのよ。 じゃ、日陰で立ち話でも。 あるわけないじゃん。 職業は?と聞かれたって「いや、今、一休み中」で通じる世界じゃない。 そんなわけで、私が崇める美女はどうしても映画女優に限られてしまう。 かつて「踊るマハラジャ」という南インドのタミル語映画が 日本で大ヒットしたことがあるが、ミーナ、可愛かったね。 ただ、インド人以外の女優さんに比べると、 やや、ふくよかだったことにお気づきだったろうか。 かつてインドではふくよかな女性が美人とされてきていた。 サリーからお腹が見え隠れするが、あそこがチャームポイントで お金持ちで、美しい奥様方は皆さん前後左右に豊かな実りを 湛えられていた。 ところがこの10年くらいであろうか、 急速に女優の体型が変わり始めた。 欧米基準のスレンダー型が取って代わったのである。 いくつか理由が考えられる。 1.欧米から大量の娯楽、映画、テレビ番組、ファッションが流入してきた 2.欧米で暮らすインド人が欧米基準に体型を合わせ始めた 3.インド人は世界中にいるので、インド映画は結構海外で配給される そのため、欧米基準でないとどうもうまく行かない 私が勝手に考えたものなので、真剣に受け止めていただいては困るが、 おおよそそんなところであろう。 それで、私に何らかの影響があったか? あった。 スーパー美女たちが、更に身近に感じられるようになってきたのである。 より恋愛対象に近くなってきたと、妄想を抱き始めた。 ミーナと結婚したいな、が、ディーピカ・パドゥコーネじゃなきゃだめだ、 になってしまった。 ディーピカは今はもう誰にも止められない一押し女優である。 (大ヒットした「オーム・シャンティ・オーム」のヒロイン) ハードルが上がるも何も、そもそもない話なのだが、 こういうのはどうだろう。 私は一度「ぼくと1ルピーの神様」(スラムドッグ・ミリオネアの原作)の著者、 ヴィカス・スワラップさんにインタビューをさせていただいたことがある、 スワラップさんは大阪のインド領事館にお勤めのはずである。 私はかなりのインド映画通である。 J-WAVEがインド大使館と組んで インド映画を日本映画並みに大ヒットさせるキャンペーン をぶち上げて、ディーピカを呼ぶのである。 そして、北は北海道から南は沖縄まで、私が自ら御案内するのである。 温泉なんか喜ぶんじゃないだろうか。 そしたら「意外にこのオッサン気が利くわね」 とお気に召してもらえるかもしれない。 3年前に買ってきた大量のインド映画のDVDは見尽くしてしまった。 (インドでは海賊版がどこでも売っているが、 私が購入したのはすべてちゃんとしたお店で、「本物だろうな」と 念を押して買った正規に流通しているものである) もしかしたら、もっと美しい女優が登場しているかもしれない。 そしたらディーピカを見捨てることになるが、許して欲しい。 しかし、新人女優は若いので、私との歳の差は開くばかりである。 もしかしたら、「おじいさん」と呼ばれてしまうかもしれない。 編成部長殿、インド映画キャンペーン早くやりましょう。 何の話か、わからなくなってしまった。 大倉 番組でも軽く触れましたが、現在、六本木のアウグスビアクラブで 開催中の私の写真展が延長されることになりました。 一応好評につきということにしております。 一ヶ月間で連休もあったりしたので、 まだ、写真展のために来てくださる方がいるので、 打ち切るとあんだけ苦労したのにもったいない、 とあくまでも個人的に判断し、 そのようなことになりました。 開催している間にお越しいただいた方の中には、 無理をして時間を作っていただいたのに申し訳ない と反省していますので、お許しください。 今回の写真展は通常のものとはかなり体裁が異なっており、 大きなものや、小さな写真をタイル状に埋め尽くしたもの、 とお好きな方にはじっくり見ていただけるようになっています。 興味のない方には、「なんか壁が派手ね」って感じで、 気にしないでいていただけるかと思います。 まだ、やってるらしいし、しつこく呼び込んでるなあ、 うるさいなあ、と思われた皆様、もう申しませんので、 「仕方ないなあ」の精神でいらしていただけると幸いです。 いつ終了になってもおかしくありませんので、 よろしくお願いしますね。 場所は六本木ヒルズから徒歩2分 港区西麻布3-2-21 こちらでございます。 大倉 先週かけた森田童子の「ぼくたちの失敗」について、 一部のリスナーから「なつかしー」といっても ドラマ「高校教師」についてであるが、 ともかくそんな反応があったので そこからタイトルをパクろうとして、 「大失敗」にしたのだが、 これではどうもおちゃらけてしまうな、 失敗だな、と反省したのだが、 いずれにせよおちゃらけた話なのでいいとしよう。 いきなり脱線するが桜井幸子さんはどうして引退したの? わたしは「高校教師」のビデオを わざわざロンドンに送ってくれた人がいたので、 もうキューンとして繰り返し見ていたのに。 忘れられない。 桜井さん、このブログを見たら番組宛にご連絡ください。 番組でも話したように、中学生は心と体のバランスが うまく取れない、ような気がする、という気がしたが、 もしかしたら、そう思わされただけで、 意外に彼らはそれなりにうまくやっているようにも思う。 「いや、わけのわからんことを言ってやりたい放題じゃないか」 と憤慨しているおじさん、おばさんもいるが、 そもそもそのおじさん、おばさんが、 やりたい放題だったりするので、フェアじゃないよね。 といいつつも、実際の社会で金を稼ぐという、 生きていくうえでの絶対必要条件はまだ満たしていないので、 どうしても独りよがりになりがちなことは否めまい。 わたしは中1の時に本を買う金ほしさに 4ヶ月間朝刊を配っていたが、あまりに辛くて挫折した。 根性が座ってないんですよ。 それにしても中学校の先生たちとの考え方の違い、 と言いますか、立場の違いによる一方的な押し付けと言いますか、 単なる喧嘩と言いますか、 とにかく先生方に常に怒りを覚えていたのは本当。 ごめんね。 今の私よりずっと皆さん若かったんですよね。 ご苦労、ご迷惑をおかけしました。 ある日、中学3年の私のクラスでいつもつるんでいた 7、8人がいきなり職員室に呼び出された。 全員身に覚えがないので、もしかしたら誉められるのかと 妙な期待をして乗り込んだら、 狭い指導室のようなところに押し込められ、 顔を真っ赤にして鬼の形相で怒っている担任からいきなり怒鳴られた。 「お前ら書いてえーことと悪いことがあることもわからんのか!!!!」 何のことでしょう?さっぱりわからない。 怒りに燃えた担任はボケーっとしている私たちを見て 更にボルテージを上げる。 しかし、そんなことを言われてもさっぱり要領を得ない。 「すみません。 何のことだかわからないんですが」 「バカヤロー、俺はお前らに良かれと思って、 いろいろ他の先生を説得して体育館でコンサートが出来るように してやったのに、これがお前らの答えか」 なかなか収まらない。 エネルギーをお使いになっている。 「おかしなこともあるものだ」と思ったが、 あんまり怒鳴られていると、つい怒鳴り返したくなるので、 心ならずも「すみません」と適当に頭を下げて、 他の教師の冷たい視線を浴びながら職員室を出たのだが、 当然釈然としない。 「誰か『消えてしまえ』って書いたか? 」 「うんにゃ」 「書かんど」 「書けんやろ」 「書いた」 えー!そいつは私の生涯の友人で、バンド仲間であった。 俺が代表して書いた」 そうか。 そうだな。 言ったな。 俺たち。 しかし、バカ正直によりによって当番日誌に書くことはないだろう。 でも責められない。 なんとなくしょんぼりしてその日は終わってしまった。 翌日からはまたいつもの元気な悪ガキだったのだが、 この話、なんとなくではあるが覚えているのは私だけのような気がする。 私たちを怒鳴った先生は生徒のもやもやを良く理解してくれていて、 普段から頭ごなしに怒る先生ではなかったからかしら。 きっと申し訳なく思ったのだろう。 この先生とはいまだに年賀状のやり取りをしていて、 ずいぶん前、同窓会でお会いした時にお互いの頭の薄さに驚いたのだが、 そのときの話はしなかった。 「俺たちはずいぶん迷惑をかけましたね」 と殊勝に反省していたふりをしてみたら、 「いや、お前らの後のほうがもっとひどかった」 ということのようであった。 やっぱり俺たちって可愛い生徒だったようである。 さて、「消えてしまえばいい」と書いた生涯の友人は、 今はまさかの学校の先生をしている。 子供にも親にも何でも楽器のできる先生というおまけもついていて、 大人気だそうである。 金八みたいだが悪い奴ほど率直なのである。 子供の気持ちがわかるのであろう。 でも、きっと忘れてるんだろうなあ。 大倉 この映画はすごい。 見たのは3Dじゃなかったし、 現在かかっている吹き替えではなく、 字幕であったが、そんなことで評価が変わるものではない。 ストップ・モーション・アニメーションが この映画でまた注目されているようであるが、 ストップモーションだからいいのではなく。 ストップモーションの効果を最大限に生かし、 すべてのクオリティが最高の域に達しているからいいのである。 3Dと同じですね。 当然ここ数年の技術の飛躍的な進化も上げるべきであろうが、 どうも技術論ばかりが先に走って、 本来の映画の中身が薄くなるのが嫌なので こんな言い方をしてみました。 扉の向こうの「素晴らしい偽りの世界」は どことなく「オズの魔法使い」を想起させるが、 そのきらびやかさにおいては負けていない。 人物(人形だけどね)の表情、感情の表し方は 驚嘆に値する。 私が知らなかっただけかもしれないが、 アニメ部門でアカデミー賞にノミネートされていた。 どうもアニメ部門は日本映画が入っていないと 日本では盛り上がりにかける。 もっと言えば本当はアカデミー賞授賞式を ドキドキしながら見たいのだが、 大半は日本では公開されていないので 毎年「そうですか」くらいしか反応できない。 もしかしたら映画評論家の方々はみんな試写で見ているのだろうか。 どうしたら映画評論家になれるのだろうか。 誰かが「大倉は映画評論家だよ」と言ってくれれば いいんじゃなかろうか。 言ってくださいよ。 日本では榮倉奈々さんがコララインの吹き替えを担当していて それもとても楽しいのだろうけれど、 アメリカではダコタ・ファニングが声を付けている。 ダコタ・ファニングの声ってこんなだったけな、 と思いながらもうっとり聞かせていただいた。 ちょっとロリコン気味かなと思ったが、 彼女も16歳になっておじさんが驚くような色気を振りまいている、 ってやっぱりロリコンか。 皆様迷われるところだと思いますが、 ダコタ・ファニング好きの方は字幕もまたひとつ 味わい深いのではないでしょうか。 大倉 何度も話したり書いたりしたような気がするが、 私は33歳くらいまでほとんど泳げなかった。 泳げないので輝けるべき青春時代、 大学のサークルで海に行ってバーベキューをしたり、 ひと夏の思い出を作ったりしたことは、 一度たりともない。 よく考えてみれば東京に来てから湘南だ、千葉だ、 何だとみんなは言うが、関東で泳いだことなんて一度もないじゃないか。 海でいい思いをしたことがない。 恐かったことはある。 ガキの時、泳げないので水中眼鏡を付けて、 浜辺の20センチくらいの深度の波打ち際で トローリと漂っていたときのことである。 なにやらグニャグニャしたものがのた打ち回っていた。 それだけで絶叫ものだったのだが、 必死でこらえて目を凝らしていると 正体がつかめた。 最近はやたらお笑い芸人が海に潜って 蛸を突いているので、皆さんは臆病者と思うだろうが、 40年前はそんな番組はなかった。 いきなり、蛸なのよ! 恐いよー、蛸は。 食べるのは大好きなのだが、 なまこより恐い。 なまこは動かないが、蛸は自由だ。 好き放題に形を変える。 親に言いつけに行ったのだが、 「へー」である。 あいつらは蛸捕まえて生でかじっていたのだろうか。 大きくなって、南国のおかしなものの出てこない シュノーケルポイントで色のついた魚たちに パンをあげたりできるようになったが、 それ以上ダイビングに挑戦してみようなどとは一度も思ったことがない。 だって、蛸がいたらどうすんのよ。 と海は恐ろしいところだと思っていたのだが、 この映画を見て恐ろしいところかもしれないが、 なんという美しい世界かと恐れ入った。 まさに「豊饒の海」である。 でもやはり恐ろしいのは恐ろしい。 みんなが食い合って、食物連鎖といえば聞こえはいいが、 絶滅に瀕していようがなんであろうが、とにかく食う。 ダッと行くのと、バグっと食うのとが同時である。 味なんてわかってんのかしらというくらい、 顔色一つ変えず、飲み込んでいる。 また半村良の「妖星伝」を思い出してしまった。 何故地球にはこれだけの多様性がもたらされているのであろう。 すべての生物が食ったり食われたりしなければならないのであろう。 私は多様性の維持はなんとしても守らなければならないと思う。 それは種も文化も宗教もすべてにおいてである。 極端な話、蚊だって地球上に存在する意味があるから 人間には迷惑な昆虫かもしれないが、 血を求めて飛び回っているのである。 最近は蟻まで根絶やしにする薬が出ているそうじゃないか。 なんで? 私も悪ガキだったので水攻めにしたりして、 ずいぶん無益な殺生を行ってきたが、 「悪い奴」を殺せ、とは全然思っていなかった。 単純に面白かったのである。 本当にどうしようもないガキであるが、 「悪い奴」と思っていなかっただけ救いがあるような気がする。 ゴキブリだって困ってんじゃないの? なんで、俺たちだけとか思ってないか? 映画では気候変動についても触れられている。 気候変動、本当だとしたら困ったものですね。 しかし、過去の気候変動で絶滅してしまった動植物も多々あるはずである。 恐竜が今いないんだからね。 あれは誰の責任じゃなくて、 そうなってしまったんだから仕方がないのか。 私が一番恐ろしいのは「ヒューマニズム」である。 私は「人間中心主義」と勝手に訳している。 人間はいつも悪くないはずなのに、 人間っぽくない人間は「ヒューマニズム」のかけらもない犬畜生と同じである、 という理屈である。 犬畜生と呼ばれていた本能で生きている動物は 人間のような野蛮なことは絶対にしない。 食物連鎖の頂点に立ったと思い込んでいる情けない人間様は 「人間的」なことを大変お好みになる。 「人間的」でないことは多様性の外に置かれてかまわないらしい。 大変残念なことにどう考えても 人間は自然の生態系からは外れてしまっている。 おかげさまでええべべ着さしてもろうて、 コンクリの中でちょうどええ気温で暮らさせてもろうちょります。 私もええべべかどうかは知りませんが、 大体そんな生活をしております。 仕方ないねえ、人間に生まれてしもうたんやから。 でも、申し訳ないねえ、くらい思っておいたほうがいいのではなかろうか。 「ヒューマニズム」とは人間に近い、親しい動物、 あるいは人間が愛でる植物は大事にしなければならないが、 そうでない人間っぽくないものについては 心が痛まない都合のいい「イズム」である。 オーシャンズは美しいまだ謎だらけの海の実態を 大変興味深く見せてくれた。 映像に驚嘆しつつ、 上記のようなわけのわからないことを考えながら見ていた。 大倉 このタイトルはどういう意味か見る前からずっと気になっていた。 これだけ前評判の高かった映画だし、 なんとなく内容もわかっていたので、 勝手に副題の「負けざる者たち」の英語だと思っていた。 そしたらいくら辞書を引いても出てこないじゃないですか。 もう、調べるのに時間がかかちゃいましたぜ。 「無敵」とかそういう意味の言葉のラテン語だそうです。 アフリカーンス辺りかと見当を付けていたのだが、 空ぶってしまった。 なぜラテン語なんだろう。 何か意図するところがあるのだろうが、わからない。 ちょっとイラつきますね。 映画のホームページには載せといてほしいですね。 マンデラ元大統領の映画はちょっと前にも「24」で アメリカ大統領を演じていたデニス・ヘイスバードが 「マンデラの名もなき看守」で主演して公開されていた。 こちらは本物のマンデラにはあまり似ていなかった。 モーガン・フリーマンはマンデラ本人の希望で 出演に至ったと聞いているが、 嬉しかったろうな。 マンデラは控えめな態度からなんとなく 背がずっと低いように思い込んでいたのだが、 実際にはフリーマンとほとんど変わらない。 約183センチあるそうだ。 映画の中では話し方もそっくりで、これ以上のキャスティングはないだろう。 94年に大統領に就任した時、私はロンドンにいて 就任演説に聞き入ったのを覚えている。 さて、それから大統領もムベキ、ズマと代わった。 このお二人、日本人の私には理解しがたいところもあり、 大変心配していたのだが、マンデラが大統領になった時に 大半の国民がこれで我々の生活はすべてが変わる、 と期待していたようにはなっていない。 経済的には資源国ということもあり、 投資家の注目はあつめているが、 失業率はきわめて高く、南アフリカだけのことではないが 貧富の差は開くばかりで、犯罪率については申し上げるまでもなく ワールドカップの開催さえ危惧されている状態である。 南アフリカは特にヨーロッパの広告屋の間では こんな風景があればいいな、 という場所はすべて揃っているということで、 困ったら南アフリカとなっているくらい美しい国である。 資源が豊富にあるところは歯車がひとつ狂っただけで とんでもない状況に早変わりしてしまう例が後を立たない。 そのようなことがないよう、政治家の負う役割は 現在の日本よりも大きい。 いい映画であった。 リアリストとしてのマンデラを冷静に追いながら、 画面ではアドレナリンが充分に出る構成にしている。 しかし、これをクリント・イーストウッドが撮ったということに驚いた。 監督する作品の幅がどんどん広がっているのはわかっていたが、 こんなところでもちゃんとやっているじゃないか。 爺さんになるほどバイタリティが湧いてきているのか? 爺さんあと10本くらいアカデミー候補作を撮りそうな気がする。 そういえばモーガン・フリーマンも「ディープ・インパクト」で アメリカ大統領を演じている。 マンデラを扱う映画では 必ずアメリカ大統領役経験者がマンデラを演じている。 特に意味はないと思うが、不思議な偶然である。 大倉 ちゃんぽんのことを書いていたら また楽しい学生時代もことを思いだしてしまった。 よく考えたらちゃんぽん麺を買って帰っていたのは仕事を始めてからではなく、 すでに学生時代からずっと同じことをしていたのであった。 大量に買い込むので悪くならないうちに消費してしまう必要がある。 一人で毎晩食べていても、余ってしまう。 そこで思いつくのが仲良くしてくれていた下関からの友人たちである。 ミキちゃんと岡部さんである。 デパートガールをナンパしようとしたら、 逆ナンパにあって一人だけ楽しいことがあった3人組である。 何でも私の言うことを聞いてくれていた。 えーっと、楽しいことがあったのは私ではない。 他の二人のうちのどちらかである。 私が中野に住んでいた頃、彼らが酔っ払いによくアパートに来ていた。 お金がないので人のアパートで飲むのである。 一軒家なのだが、一階はおばさんが一人で住んでいて、 二階を改造して6畳の部屋をふたつ作って貸していた。 当時はあのあたり(中野本町)はまだトイレが汲み取り式で、 夏になるととんでもないことになっていたのだが、 そんなことは普通知りたくないだろうから、 どうしても知りたい人だけに教えてあげます。 お便りください。 みんな貧乏な時代であった。 私が見つけてきた三軒茶屋の三井信託銀行の戸別ビラ配りのバイトで かすかす飯を食っていた。 彼らも人が足りない時は動員していた。 関係ないが、私は長くやっていたのでバイトの調達から、 配布地区の指定までこなしていたのである。 頭を使うバイトをしようという意思がまるでなかったのが不思議である。 下関から帰ってきたときには 「旨いもん食わしちゃるけー、おいで」 と招待していた。 招待とは言ったが、ただでとは絶対に言わなかった。 そこで余っているちゃんぽんをご馳走してあげるのである。 遅くなってもやしとか炒めているだけで、 ほんの小さな物音にも敏感に反応する 大家のおばさんが怒鳴り込んでくるので、 早いうちにちゃんぽんを作る。 あの頃から具が多いのが私のちゃんぽんの特徴で、 ふんだんに海鮮も使っていたので、お金がかかる。 連中が「うまい、うまい」と食い始めたところで切り出す。 「一人500円でええよ」 「えっ!お金取るんかね」 「何でただやと思ったかね」 「いや、食わしちゃるってゆーたけー」 「このちゃんぽんにはお金がかかっとる」 「友達から金取るんかね」 「商売しとるわけやない」 「でも、500円は高くないかね」 「ごちゃごちゃゆーとると、のびるよ」 とこういう具合に下関の味を楽しんでもらっていた。 実は私にも何故500円も取ったか謎であるが、 当時は当時で私にも事情があったのであろう。 現在デフレとはいえリンガーハットではちゃんぽん550円である。 いったい30年以上も昔に何があったのであろうか。 ただ、こいつからにただで食わせると、 その月、仕送りが来る前に食えなくなる、 という危機感があったことはほのかに覚えている。 そんなことがあっても、連中はそれからもちゃんぽんを食いに来ていたので うらみはないだろう、と思っているのだが、 今でも 「イモはちゃんぽんでワシらから、金取ったねえ。 なんで?」 と聞く。 ほんと、なんでかねえ? 大倉 せっかくダッチオーブンの本の話をさせていただいたので、 ほらこんなに美味しく作れましたよ、 と腕前を披露したくてうずうずしているのだが、 まだ我が家のキッチンにはダッチオーブン自体存在していないので 叶わぬ野望である。 近々鴨がダッチオーブンをしょってやってくる予定なので その際に旨そうに食っている様子をご披露したい。 私は料理は好きだが、最近はあまりやらない。 妙に忙しいのである、というのは料理をしない男の典型的な言い訳である。 料理は極めてクリエイティブな作業であり、 かつ私の場合は人に無理矢理にでも食わせるという、 崇高な目的意識があるので、決意することだけは得意な私は 再び家庭内料理人になる覚悟を固めたのである。 さて、放送を聞いた方の中には 「いろいろ言っているけど、本当はラー油しか作れないんじゃないか」 とお疑いの向きもあろう。 無理もないが、私は本当に作る、あるいは、作っていた。 汁物が多い。 一度食べさせたら必ず 「ねえ、もう一回」 と言わせる自信があるのは具沢山の中華スープである。 これがあればその他のおかずは不要である。 スープとご飯だけですんでしまう。 しかも酒にもすごくあうので、満足いただけること間違いない。 誰でも作れるという方もいるかと思うが、 牛筋を軸としたおでんもゼッテーに誰にも負けないくらいうまく作れる。 他の具を何にするかがポイントだな。 もうそろそろお気づきの方もいらっしゃるはずだが、 私の技量が最も発揮されるのは具の多い「汁」ものである。 であるので、これでもかと中身の詰まった豚汁なんかは最高である。 それだけ作ればいいのと、酒のつまみにもなるのもいい。 作っているとあれもこれも入れたくなり、 気がつくと汁はどこだということになるということもある。 「じゃ、鍋じゃん」 とおっしゃる方もいるだろうが、違う。 鍋奉行なんていううっとうしい奴がいなくてすむ すべて完璧に仕上がった汁であるから 後は余計なことはせずにすむ。 お椀に注ぐだけである。 わかっていただけたかしら。 その究極に位置するのがちゃんぽんである。 私は下関に帰るたびに東京に戻る日の朝、近くのスーパーで 4袋で99円とかいう、どうかしたんじゃないかと思うような 値のついたちゃんぽん麺を大量に買ってバッグにぎゅうぎゅうに詰めてくる。 私のちゃんぽんは 本物の長崎ちゃんぽんのような太くてやや硬い麺ではない。 東京のゆでそばの感触を思い出していただければ いいのではなかろうか。 このちゃんぽん、どのあたりまで売られているのかわからないが、 下関でちゃんぽんを頼むと、どの店でもこのちゃんぽんを使っている。 安く上げようということではない。 これでないと下関のちゃんぽんじゃなくなるからである。 麺から微妙な味が出ているのである、はずである。 ゆでてあるのか、蒸してあるのか、黄色い中太のやさしい麺。 リンガーハットにはよく行くが、あれじゃないんだよ、下関のは。 ともあれ、そのちゃんぽんを買ってきて家族に振舞う。 「うまいやろ」 「...うん」 娘は素直に反応してくれるので、作りがいもある。 キャベツ、もやし、ピーマン、たまねぎ、 エビ、イカ、あさり、豚肉、かまぼこ、それに油揚げ。 これだけのものがこれでもかと入っているので、 いつまでも麺に届かなくて、とても楽しい。 中華なべをグルングルン回しながら炒めるので あたりは野菜の残骸がしおれていてちょっと気にはなるが、 麺類はスピードが命である。 いちいちかまっていたら麺がのびてしまう。 かように旨い下関のスーパーのちゃんぽん玉なのであるが、 東京では見たことがない。 東京の人はかわいそう。 食べるチャンスなく死んでいくんだろうな。 大倉 「寅さんシリーズ」が終了するまで、 山田洋次監督が日本映画をだめにしたとずっと思っていた。 決して寅さんが嫌いだったわけではなく、 たまに気が向けば足を向けることもあったのだが、 あの水戸黄門的予定調和の映画シリーズが延々と続くことで 日本人は映画が本来持つ「何をやってもいい」気概を忘れてしまい、 自分たちが楽しめる映画はこれしかないと、 わざわざ幅を狭めてしまった、と結論付けていた。 実際、「寅さんのシリーズは欠かさず見ている」と公言する人と 「どうしても寅さんの面白さが理解できない」と映画を見る人間は 二分されていた。 好き嫌いに文句をつける気はさらさらないのだが、 問題は人気シリーズに頼りすぎ、他の芽を映画界、 映画を見る人間が潰してしまったのである。 もちろん大手広告代理店、出版社が制作費、宣伝費 (といってもたかが知れていたが)をかけて成功するものも、 公開される前からずっこけるものもあったが、 総じて日本映画は衰退の一途を辿り、 一時はどうしようもないところまで落ち込んでしまった。 それがいつの頃からだろうか、徐々に息を吹き返し、 今や日本映画の興行収入は洋画を抜いてしまった。 逆にいつ掛けられるかわからないくらい、製作本数が増えてしまい。 現実には大半の映画は興行収入だけでは 利益を出すことが出来なくなってしまった。 なかなかうまくバランスが取れないもんですね。 というわけで、ある意味「寅さん」シリーズが終了した時は 残念に思いもしたが、これで何かが変わるかもしれないと期待していた。 そして、山田洋次は寅さんと共に映画人生を終えるんだろうと とんでもない思い違いをしていた。 時代劇に転じた山田洋次監督の映画はしびれた。 落ち着いたトーンでありながらも見せ場での展開の見事さ、 また、絵作り、特に照明の美しさには驚いた。 「なんだ、こんな映画も作れるんだったら早くやって欲しかった」 と思われた方は私以外にもいるんじゃなかろうか。 「おとうと」を1日の映画の日に見に行ったら、 お年寄りでほぼ満席であった。 私がお年寄りに分類されるかどうかは皆さんにお任せするが、 私よりもお歳を召された方が圧倒的だったことははっきりさせておこう。 吉永さんは「青い山脈」時代の美しさをそのまま保たれながら、 さらにしっとりと美しくなられて、もしかしたらバケモンと違うか、 と疑うほどであった。 しょうもない弟のせいで苦労する家族の話である。 出演者は厳選されているので、見ていて不安になることがない。 これは意外に大事なことだなあ。 誰に聞かせるわけでない。 自然と口からもれ出てしまうのである。 終盤はゲロ泣きである。 「うるさいなあ」とは全然思わなかった。 私も泣いていたからである。 釣られて泣いちゃったのかな。 いやいや、まいったね。 エンドロールを見ながら外に出ても恥ずかしくないように 体制を整えていたら、 「市川昆監督に捧げる」と出てきた。 山田洋次の「おとうと」は確かに幸田文の小説が大きな意味で 下敷きになっているのはわかったが、 原作と呼ぶことは出来ないほど、内容は変えられている。 それなのに市川昆に捧げるとはいかなることであろうか、 ビデオを借りて見た。 こちらは昭和34年に公開されたもので、 幸田文原作の「おとうと」の映画化されたものである。 岸恵子が綺麗だが、17歳の役はちょっと辛くないか、 と冷静に見ていたのだが、このどんでん返しがあるわけでもない、 いわば山場に欠ける映画が、終わってみると大変胸にしみた。 あちこちでギシギシと音を立てるような登場人物の心の葛藤が ラストにかけて一気に理解できる仕組みになっている。 「市川昆監督に捧げる」の意味も明白である。 市川昆が「おとうと」を撮ってから50年経ってのオマージュである。 よくその思いを胸に秘めていられたものだと、心を打たれた。 最近、昔の映画をよくDVDで見ている。 今の映画のつまらなさと面白さがよくわかる。 大倉 先日、新聞にイギリス全土が真っ白になった 結構笑える衛星写真が公開されていた。 あんな写真見たことないなあ。 さぞかし、大変なことだったろう、ご苦労様。 確か去年も雪で大混乱になっていた記憶があるので、 2年連続の惨事が起きたわけである。 24日にロンドン駐在時代の部下だったジュリアン・ヘイ君が 出張で来ていたので、蕎麦屋でご馳走してあげた。 雪の話をしたら、 「もう、全然ダメ。 電車もバスも全部止まって何にも出来なかった。 シンがいた時と何も変わってない」 と怒りをぶちまけていた。 「ふふふ、そうか変わってないのか」 ちょっと嬉しかった。 私が赴任して最初にドカ雪が降ったのが91年2月7日のことであった。 何故そんなに私らしくもなく正確に物申せるかというと、 写真に日付が入っていたからである。 写真は一度放送で話したアビーロードスタジオの前の自宅を出たところである。 横断歩道もかろうじて見えるのだが、 汚れた雪で判然としていない。 朝起きると、ロンドンなのに妙に薄明るい。 窓を開けた時に一面真っ白な銀世界というのは 大人になっても嬉しいものである。 「雪だ、雪だ、うれちいな」 とまだこの先何が起きるのか把握していなかった私は ついはしゃいでしまい、誰も足跡を付けていない雪を踏みに飛び出していった、 というのは嘘で、ふーんと歯を磨きに洗面所に向かった。 私の居たフラットでは常時冷水、お湯が出る蛇口がふたつあった。 この雪の日に冷水で顔を洗う人間はいない。 当然、お湯のほうをひねったら、ゴボゴボという音が聞こえたっきり、 静寂に包まれた。 お湯が出ないんですね。 お湯が出ない。 そのときは仕方ない、と冷水でスッキリ顔を洗い、 「よし今日も一日、しっかり働くぜ」 と気合が入ったくらいであったのだが、 時間がたつにつれ状況の深刻さに気がついた。 フラットのお湯の蛇口がすべてそうなのである。 何故か冷水は出る。 でも、トイレを流す水も出ない。 久しぶりだよ。 バケツで流すのは。 マンションの管理をしているおじさんのところへ走って、 無理矢理手を引っ張って連れてきた。 なぜなら私にはおじさんが言っていることが 10%くらいしかわからないからである。 気持ちいいほどコックニーの発音がきつくて、 どんなに耳を澄ませてもマジでわからない。 ただ、こっちの言っていることは理解してくれるので、 言うことだけ言って、「面倒は背負いたくないなあ」オーラ全開の おじさんを連行したのである。 おじさんの反応は早かった。 「これは、無理。 まあ、プラマーでも呼んでみたら」 きっとダメだからのニュアンスも交えながら即座に診断を下した、 と10%わかる英語の中で判断した。 もう会社どころじゃないんですね。 何しろこのクソ寒い中仕事して帰ってきて、 風呂に入れるかどうかの瀬戸際なんですから。 会社をほうたらかして、といっても会社に定時に電話しても誰も出なかったので とにかくみんな自分のことで精一杯なのね、 と鋭い洞察力を発揮して、プラマー探しに全力を尽くした。 そしたらどこもいやしないじゃないですか。 どうもロンドン中で同様のことが起きているようである。 プラマーがやってきたのはようやく二日目のこと。 温水器からの水の導線を探っていたら 「これはダメだね。 だって温水のパイプが土の中走ってるんだから、 完全に凍り付いているわけよ。 ストーブをね、じーっと温水のパイプがありそうなところに当て続けてね」 と出張費だけ取って帰っていった。 ストーブを? 床に向かって?当て続ける? これは何かの冗談か? 出社していた総務の元締めのおばさんに聞くと 「Oh! Poor Shin! 女房に 「じゃ、そういうことで」 と会社に行ったが、後で聞いたらそうしていたらしい。 お湯が出たのは4日目のことであった。 ホテルに移るか、真剣に検討を始めたところであった。 蛇口をひねると、爆発音が部屋中に響き渡った末に 形容しがたい奇妙な音が続いた後に、 断続的に水が鉄砲のように飛び出し、 しばらくしてようやくお湯が安定供給され始めた。 ロンドン、おもしろいところだなあ、と思うやつはおかしい。 今はさすがにましになったんじゃないかと思うが、 ジュリアンに聞くのを忘れてしまった。 大倉 意外に思われるかもしれないが、 ロンドンは一般的にイメージされているほど寒くない。 地図で観るとかなり北緯の高いところにあるのに、 暖流メキシコ湾流がイギリスまで流れているためである。 「ロンドンは冬は寒くて大変ですね」 と帰国するたびに同情されていた。 「いや、それがそうでもなくて...」 と最初はいちいち正直に告白していたのだが、 途中から面倒くさくなり、 「えー、もうそれは」 といい加減になっていった。 真相は上記の通りですから、 これまで同情してくれていた皆様、ごめんなさい。 本当のことをいうと、ドイツのほうがはるかに寒い。 フランスのほうが凍えそうなことさえある。 ドイツ、フランスにいた方々はかわいそうである。 同情するなら彼らに優しくしてあげていただきたい。 ただしである。 ロンドンの冬はやはり憂鬱であることは間違いない。 北に位置しているのは事実なので、 日没が情けなくなるくらい早い。 3時くらいから影が差して、3時半には薄暗く、4時になると真っ暗... だったような気がする。 詳細は忘れてしまいましたからご自身で調べてね。 夏は夏時間であることもあるが、9時までゴルフが出来る。 よく仕事の後に通ったものである。 大倉はゴルフはしないということで日本では通しているが、 実はロンドン時代はよくやっていた。 ここで、改めて報告してどういう意味があるのでしょうか。 まだある。 冬はじめじめ雨が降るのである。 年がら年中という言い方もできるが、 暗い上に情けない雨が降るのが何より辛い。 ロンドンの人間はよほどの変わり者でない限り、傘はささない。 傘をさしていると異様に目立って恥ずかしい。 それくらいの中途半端な雨だということも出来る。 ロンドン市民はどうするかというと、平気で歩くか、 降ったり止んだりなので、軒下で待っている? だったけな? 軒下なんてほとんどないから、やっぱり歩いていたんだっけか。 まあ、そんなことである。 イギリス人はそんな環境で育っているので、 暗かろうが、雨が降ろうがどうも思っていない、 というわけにはいかない。 ほぼ全員が 「冬になると心の底から憂鬱になる、 こんな町捨てて、バミューダで暮らしたい」 的なことを一冬中つぶやいている。 実際、ちょいとした金持ちはフロリダに別荘を持っていたりして、 冬になると逃げ出している。 さて、雨は降る降るロンドンの冬、なのであるが、 数年に一度ドカッと雪が降る。 都市機能は完全に麻痺状態に陥る。 それは東京でも同じでしょう、と言う方はわかっていない。 麻痺の度合いが違う。 ロンドンは太古の昔から町が変わっていない。 つまり、インフラが恐ろしく古いままになっているということである。 話はずれるが、私が赴任した90年からしばらく数年は 停電はごく当たり前のことであった。 ひどい時は週数回ということもあった。 ロウソクなしでは、死んではしまわないが、生活できない。 自宅にはロウソクが大量に常備されていた。 話を戻そう。 ロンドンで雪が降ると、地下鉄が動かない。 ほぼ全面的に止まったりする。 どのラインも中心部以外は地表に出るからである。 その上、これは雪の時に限ったことではないが、 頻繁に起きる 「スッタフが足らないので、しばらく動きません。 よろしく」 という手馴れた黒板が登場する場面が雪の場合は特に多い。 雪で出勤できないものと思われる。 バスも慣れてないので極端に数が減る。 さらにその上、身も心も凍るくらい恐ろしいことが起こる。 なかなか、核心にたどり着かないまま長くなったので、 続きは明日。 大倉 「儒教・仏教・道教」の紹介をした時に、 シンクレティズムとは「ごたまぜ」である、 と著者の言葉を借りて申し上げたのだが、 このシンクレティズムという言葉の響きがすごく気に入っている。 意味がもともと好きなのであるが、何回も読んで、話しているうちに すっかり語源もわからないのにはまってしまった。 毎日意味もなくシンクレティズムと口に出している、 というのは嘘であるが、 「ああ、美しい言葉。 口にするだけで気持ちよくなる」 と思っているのは本当。 辞書で引くと混合主義、文化的重層構造という訳語が出てくるが、 「ごたまぜ」のほうがいいですね。 日本で神道、仏教、儒教、道教、さらにあえていえば山岳信仰が ごたまぜになって平和に暮らしているのは 普段から皆さん違和感のないところだと思うが、 他国に行ってごたまぜを目撃したり体験したりすると、 あらららら、と感じてしまう。 多分、外国では宗教は個人によってきちんと信仰が確立していて、 揺るぎないものだと思い込んでいるからであろう。 杏ちゃんまでインドに一度は行ってみたい、とおっしゃるくらい BOOK BARでは私と杏ちゃんだけインドづいているのだが、 バラモン教へのアンチテーゼとして生まれた仏教もいつの間にか ブッダはヒンズー教の三大最高神のひとつ ヴィシュヌの化身にされてしまっている。 これもシンクレティズムなのだろうが、 必ずしも仏教とごたまぜということではなく、 あくまでもヒンズー教の中に取り込まれているということである。 アウトカーストの人々の仏教への集団改宗が続いているが、 やはり差別が存在しているため起こることで、 あまり好ましい例ではないね。 ネパールに行くとこれぞシンクレティズムと思える場面、 神様によく出くわす。 ネパールは王室亡き後どうなったか定かではないが、 ヒンズー教を国教と定めていた。 インドでも出来ないことをこの国ではやっていたのである。 他宗教を信じる国民が多数いるにもかかわらずである。 しかし、ここからが不思議なところ。 カトマンズ周辺には初潮を迎えるまでの間、 クマリという少女の生き神様が存在する。 このクマリはヒンズー教の女神の生まれ変わりと信じられているが、 選ばれ方が面白い。 ネワール族の仏教徒から選ばれるのである。 それがヒンズー教の生き神様になるのだから謎である。 このことを何度もネパール人に正すのだが、 納得のいく説明を聞いたことがない。 これぞ究極のシンクレティズムであろう。 そのくせ、ネパール最大のヒンズー教寺院、 パシュパティナートへ行くと入り口でガキの番人に 「お前はヒンズー教徒か」 と詰問され 「仏教徒だ」と答えると入れてくんないのである。 そのことを友人に話すと、 「いやー絶対入れる。 ヒンズー教と仏教って同じジャン」 とお気楽に胸を叩くのである。 実際、チベット仏教徒は格好からして入れてくれないようであるが、 ネワール仏教とはするする入っている風に見えるのである。 美しいマチェンドラナート寺院にはヒンズー教徒も仏教徒もお参りに来る。 上の写真は基本的にはシヴァ神を表すものなのだが、 下部の受け皿のようなものはヨニといい女陰を表し、 通常はリンガという男性器を象徴する円柱がその中に立っているのだが、 この写真ではリンガの代わりに紛れもない仏像が乗っかっている。 これを「おっかしーなあ」と思うか、「まあ、そういうことで」、 と飲み込むのかということである。 同じくネパールのポカラでチベット仏教の寺の世話をしている 女性に付いて行って、寺で和んでいる時に交わされた会話。 「あーた、シータという名前がついているくらいだからヒンズー教徒でしょ、 そういう人がチベット仏教のお寺で働いてていいの?」 「けっ!私たちみたいな貧乏人にヒンズー教も仏教もあるか、 少しでも幸せにしてくれるんなら、何だって拝むわいな」 これはよーくわかった。 ネパールにはヒンズー教徒、ネワール仏教徒、チベット仏教徒、 イスラム教徒、キラット教徒(これはいくら調べても正体がわからない)、 キリスト教徒、そのほかにもアニミズム、シャーマニズム等が混在している。 しかし、この国では宗教対立でどうにもならん という事態は聞いたことがない。 議会がまともに機能しないのは、民族的、政治的要因によるものである。 困ったものであるが、宗教対立がないのはなにより。 ネパールに行き始めた頃は、なんじゃこりゃ状態だったのだが、 今はネパール的シンクレティズムに気持ちよく酔って毎回酩酊している。 大倉 私は神仏には限りなく強い興味を抱いているが、 信仰については信じているともいないとも言いがたい、 失礼を承知で申し上げれば、 一般的な日本人と同じ感覚ではなかろうか。 さて、正月も終わり、ちゃんと仕事しないとな、 とドロドロした気分でいたらいきなり元日の出来事を思い出した。 元日、ほんの数日前のことである。 神仏を信じるかどうかはまったく別として、初詣は大好きな私である。 毎年、富岡八幡と深川の成田山へのお参りは欠かさない。 不思議なもんですね。 この門前仲町付近は江戸時代前まではデルタ地帯だったそうな。 海と小島しかなかったというから、 うまい魚がウジャウジャいたはずである。 当時、やはり取れたての魚をさばかせると 格別うまかったと描いている小説もありますね。 元日、家族で富岡八幡で小銭を投げて、 そのまま成田山深川不動へ向かったのであるが、 おみくじは毎年成田山で引いている。 私が空海が好きなのと、神仏習合の名残が色濃く残っている 雰囲気がたまらないからである。 昨年は小吉だったのだが、いいことしか書いていなかったので、 嬉しくなって一年間財布に入れていた。 ご利益があったかどうかは定かでないが、まあ気分がいいですね。 そもそも原始仏教では「信じればご利益がある」 なんてことは一言も語られていないのだが、 上座部仏教(俗に言う小乗仏教)のミャンマーなんかでさえ寺に行くと、 ぐるぐる廻る皿があって、そこにハンサムになれますようにとか、 博打で儲かりますようにとかいう不届きなことが書かれていて、 その皿を狙って小銭を投げ、 入ると願いがかなうというキテレツなことがあったりするので、 おみくじなんか可愛いものである。 今年もジャラジャラ筒を振って一枚200円のおみくじを引いたところ 渡されたペラペラの紙に書かれていたのは「凶」。 娘も額にしわを作っているので覗いてみたら「凶」。 2010年、親子揃って凶からの船出である。 両方ともいいことは一言も書かれていなかった。 ちょっと珍しくないすか? 「凶と凶で吉となす」と言われているが(嘘)、 そうでも思わないと心がくじけるなあ。 写真は下関の八幡さまでのもの。 大倉 今年は後半すぎから突然ドタバタが始まってしまい、 ブログの方がおろそかになっていた、 というよりもほとんど書いていない。 いや、マジな話結構忙しかったんすよ。 ところがここに来て、 このところどうしてブログを更新してないのかという、 声なき声が少しずつ聞こえてきた。 特に地方にお住まいで、 「番組は聞けないのだけどブログは読んでいたのに」、 と聴取率にはまるで関係ない方々から強い要望としか 私には解釈できないお話をいただいていたので、 再開の機会をうかがっていた。 なんかきっかけがないと恥ずかしいじゃないですか。 というわけで、とりあえず、 今年の大倉眞一郎の独断映画ベストテンを発表いたします。 前述のように今年後半は まめに映画館に足を運ぶ余裕が無かったので、 年間ベストテンというにはかなりの欠陥ランキングである。 130本ちょっとしか見ることができなかった。 不公平を承知で発表いたします。 また、番付の基準も映画ごとに違ったりしていて、 自分でも支離滅裂感は否めない。 ご愛嬌ということで、ひとつ。 10位 バーン・アフター・リーディング コーエン兄弟が嫌いな人は嫌いでかまいません。 この映画の微妙な「ずれ」がたまらなく好き。 9位 グラン・トリノ ようやく拳銃マニアの爺さんが更正してくれたかと心安らぎました。 違ってるかもな。 でも感動しちゃった。 8位 3時10分、決断の時 文句なしに面白い。 西部劇ってこんなに心乱れるくらいに楽しめたんだな。 考えてみれば、白人による侵略劇でもあったんだけど。 7位 レスラー 見てない人は絶対DVDを見ること。 喪失感が力強く描かれている数少ない一本。 6位 愛のむきだし 4時間にも及ぶ園子温監督の怪作。 予想のつかない展開に翻弄されつつ、 「純愛」に酔う。 5位 キャデラック・レコード もうこの手の音楽映画にはただ涙が出てきてしまう。 歳のせいだろうか。 4位 少年メリケンサック これも一応音楽映画か? もう一度言おう、クドカンサイコー! 3位 ヴィヨンの妻 ほとんど小説どおりにセリフも付けられている。 太宰の小説をここまできちんと描いているものは ないのではないか。 松たか子が秀逸な演技を見せる。 2位 イングロリアス・バスターズ タランティーノ、ちゃんとこんな映画を年に一本は撮れよ。 タランティーノの中では「ジャッキー・ブラウン」の次に好き。 という、タランティーノファンからはあきれられそうな感想です。 1位 チェイサー まいった。 日本のおばさまたちには 嬌声を上げてもらえないかも知れないが、 韓国映画の底なしの可能性にぶっ飛んだ。 すべてにおいて日本映画に比べて、骨が太い。 テレビドラマが当たらないと映画作れないのかよ。 よー、テレビ局、代理店のあんちゃん、おっさんよ。 これ観て反省してみてくれたらいいなー、で通じますかね? というわけで、また、ぼちぼちブログ再開しますから 応援メッセージ送ってね。 前回の放送で自慢げに 「大学院で英語で講義をしたことがある」と話しをして、 「あの馬鹿が」と思われた方も多いのではないかと心を痛めている、 じゃなくて、心配している。 しかし、事実である。 終わったことは仕方がない。 こんな私でも話をしてくれと頼まれることがあるので、 それまでも何度か出かけてはあちこちで私の思い込みを 「わかってくれよ〜」と懇願しているのだか 講義しているのだか、 本人でさえわからなくなるようなことを話していた。 大学院での講義は皆さん高い銭出して、 わざわざ仕事の合間を縫って勉強に来ているので、 聞く態度が違う。 2時間話しっぱなしだったのに つまらなそうな顔をしている生徒はいても 寝ている人はいない。 いや、講義をしている側が感動してしまった。 特に留学生の皆さんは講義終了後、何人も質問にいらして、 逆に恐縮してしまった。 「でさあ、せっかくだから大倉、大学でも日本語でいいんで、やってくんない? 」 と恐いくらい気軽に頼まれたので、気軽に講義に行った。 私学の超大講義室ではないが、やはり階段状のでかい教室じゃないの。 どういうわけか、結婚式の司会以外は 大勢の前でも緊張できなくなってしまったので、 人の多い少ないは関係ないのだが、 何かひとつお楽しみが欲しいと欲が出て、 妙な前ふりから始めてみた。 私は下関西校という進学校のスーパー落ちこぼれ生徒だったのだが、 ちゃんと勉強している人は国立大学に進学していた。 九州大学は近いこともあり進学する人間も多かったので、 この落ちこぼれに講義されるエリートがいるかどうか興味があって聞いてみた。 「下関西校出身の方、手を上げてみてください」 いた。 一人だけいた。 ケケケ、あとで当ててやろう。 と、講義を始めて30分くらいで、私のせいかどうか、 教室の雰囲気がズンズン重くなってきた。 大学の大きな教室ではマイクを使う。 そういう授業は眠くなるのである。 私が講師でなくても眠くなる。 その上、私の声は眠くなると早朝の番組をやっていたときから 大クレームの嵐だったのである。 あちらこちらで机に突っ伏している不届き者が出現している。 何とか頭は上げているもののグラングランになっている連中もいる。 高校、大学時代を通じて私は一貫して前者であったのだが、 自分が話している時にやられるとくじけるなあ。 仕方ない、西校出身の奴を当てて、 どうでもいいけど絶対に答えられないこと逆質問してやって、 教室全体に活を入れてやろうと思い そいつを探すと、突っ伏して熟睡していた。 あー、もう俺の講師人生は終わったな、お前らのせいで。 いや、最近は学生さんが講師の逆評価もすると聞いたな、まずい。 盛り上げるために自分の会社で作ったCMを見せ始めたら全員顔を上げて 熱心にスクリーンに見入っている。 CM見せる講義ってインチキなんだよなあ。 ちゃんと話聞いてくんなきゃ意味ないんだけど。 講義が終わって教授と廊下を歩いていると講義を受けていた女子学生がいた。 教授が気を使って聞いてくれた。 「ねえ、おもしろかった?」 えっ、と微妙な顔をした後、自分の置かれている状況に気がついたようで 「はい!すっごく楽しかったです」 「いいよ、そんな俺の前で気を使ってくれなくて」 「いえ、本当に面白かったです」 「どうもそれはありがとうございました」 教授自慢のやたら量の多い学食のスパゲッティをご馳走になっても、 あまり励みにはならず、とぼとぼとホテルに戻った私であった。 大学でチョーク投げとかあるのかな。 テレビでしか見たことないけど、あれ練習しといたほうがいいだろうか。 大倉眞一郎 前回の放送で 「書くということは頭を整理することですから、 毎日数行でもいいから書きましょう」 と小学校の先生が日記や読書感想文を書くことを強要する ような調子で偉そうに申し上げてしまいました。 ごめんなさい。 気が付けば、当の私がそもそも2週間もブログを更新してないじゃないのよ。 全くもう。 人様にこうするほうがよろしくてよ、 なんて言っている場合ではなかった。 杏ちゃんのように激忙しくもないのに、 ちょっと暇忙しくなると本来の私が 「明日できることは明日やるように」 と指示を出すんですよ。 あの時間の番組なので 小学生のリスナーがたくさん聞いてくださっているとは思えないが、 そうでなくても小さな頃に先生からヤンヤカ言われて 辛い思いをした記憶が頭に浮かんだ方もいたのではなかろうか。 杏ちゃんは真面目に書いていたことを公言しているが、 私は読書感想文が嫌いで嫌いで嫌いで、 読んだふり感想文なんてのもやったことがある。 先日テレビのある番組で「子供たちに夏休みの宿題で何が嫌い?」 と聞いていたが、ダントツで読書感想文が悪者であった。 けなせない、感動したふりをしなければいけない、 モラルにつながることを「発見」して、 主題はこうこうでした、とわかったようなことを書かなきゃいけない。 だいたい主題ってなんだよ。 「人生なんて生きる価値のないゴミみたいなものです」 「人間がこの世で一番邪魔な生物です」 なんて小説だってあるのに、 どうしてよりによって太宰の「走れメロス」ばかり読ませんだよ。 太宰も本屋で並んでる一冊となりの本を間違って買っちゃった日には 「この本を読んで死にたくなりました」 なんてことになっちゃう作家だろうが。 「友情を信じることの大切さを学びました」 なんて感想文ばかり読んでて、先生も面白いんだろうか。 「国語のテストでこの文章の主題を30字以内でまとめなさい」 なんて問があると「書いた奴に聞いてくれ」と解答用紙に書いていた、 というのは嘘だが、 問題を作るなら 「この文章を読んで何を感じたかまとめなさい、誉めてもけなしてもかまいません」 が正しい情操教育ではなかろうか。 私が現在読んでいる本は手強くて、 さすがの私もページをめくるスピードが激遅くなっている。 「いやそれで何なんですか?」 と著者と対話しながら読み進めている。 著者としては「そんなに苦しいならやめなさいよ」と言いたいところではないかと 想像するが、もう戦いに突入しているので読みきって 近いうちに番組で紹介しようと思っている。 「何故書くんだろう」 「何故読んでいるんだろう」 と悩むことが特に小説と相対する時の正しい姿ではなかろうか。 話がずれたが、書くことは確かに頭の中でもつれている回路を 解きほぐすのにはかなり有効な手段である。 もうひとつは吐き出すことである。 入れたら消化して出す。 人間の自然な行為である。 すっきりしますよ。 また調子こいて、ブログちゃんと書きますから、 読んでくれていた人は読んでくださいね。 読んだことがない人はどうせこの原稿も読んでないだろうから、 どうでもいい話ですね。 大倉眞一郎 放送の翌日に読みました。 今や私の女王様に登りつめた本谷有希子の最新作であり、 芥川賞でまたもや涙を飲んだ作品である。 本谷氏の作品では常に女が暴れまくるのだが、 今回は口から火を吹きまくるというよりも、 二人の対照的なダメダメ女がウダウダし続ける。 いや、面白い。 芥川賞取れなくていいじゃないか。 今のままで充分面白いんだから。 取んない方がいい。 芥川賞作家なんてタイトルつけられるとうっとうしくなるぜ。 若い女の生態を知らない私であるし、 この小説の二人がそこらへんの若い女性の代表者かどうかわからないが、 町を歩いている女性の本来のウダウダ感がわかるような気になる。 本谷氏の筆力を感じる。 彼女の小説をすべて読んでいるわけではないので確かなことは言えないが、 私の知っている限り、 小説にはほとんど携帯電話でのやり取り、メールの往復は出てこない。 叫ぶにしても、暴れるにしても、落ち込むにしても、 必ずそれをぶちまける相手を探し出し、 勝手に直接思いの丈をぶつけて、気が済んだ気になる。 相手の迷惑顧みないその行動は、一般的にははなはだ迷惑であるが、 常に身体的であるがゆえに、抽象的な怒りであっても具体的に現出する。 それは不可解であったとしても受け止めやすい。 人生短いんだから、 じめじめ四六時中携帯でメールばかり打ってる場合じゃないだろう。 それで 「みんなと繋がってる〜」 つーのも時代の流れですから、あえて否定しないが、 「いつも一緒」って感じてたって、全然いつも一緒じゃないわけだから、 怒鳴りたい時は相手をふんづかまえて、 目の前で罵倒したほうが気持ちいいし、 キスしまくりたい時は(恋人の間柄の場合ですよ)、 いきなり押しかけて、激しくブチューとやったほうが盛り上げるに決まっている。 どうも「人と『繋がる』道具」が増えるごとに、 人は身体的コミュニケーションの仕方を忘れ、 ふと気が付くとすっかり孤独になってしまっているのではないかと おじさんは勝手に想像している。 私の携帯には週2本くらいしかメールが入ってこない。 淋しいなあ、と思ってもいないのに、 そんなふうに感じたりすることがあるので、 電車の中で一心不乱にメールを打っている人の気持ちも少しはわかる。 典型的なじじいの感傷文になってしまったが、 本谷氏の作品を読んでいると、身体を一度通した言葉の強さを感じる。 単純に演劇的ということでもないように思うんですがね。 「」、いいですよ。 買ってください。 大倉眞一郎 前回の放送では冒頭、夏のアルバイトの話になったが、 話したとおり基本私は肉体労働系であった。 大学は付け焼刃で入ったものだから、 英語以外家庭教師といっても教えられることがないからである。 ある年の夏休みに幸せなことに、英語だけ 高校生の美少女二人に教える機会があったが、 成績が上がったかどうか確認もせず、さっさと東京へずらかった。 もうあの美少女たちも立派なおばさんである。 偶然出会って、文句を言われても恐くない。 考えてみれば現在の私の娘とほぼ同じ歳の娘たちであった。 それでどうということもないが、何だか感慨深いものがある。 そんなわけで、ほとんど毎年、夏は軽くタオルを絞るだけで 汗が滴り落ちるくらい、肉体労働に終始した。 あんなことやっててもギックリ腰にならなかったのはやはり若さのおかげか。 大学一年の夏休みは親のコネで工務店で1ヶ月過ごした。 通常アルバイトにコネがあるのかどうか知らないが、 私の場合は強力なコネ。 そのおかげで大事に扱われるのかと思ったら違った。 一緒に働かせていただくのは最初はちょっと恐い職人さんたち。 職人さんたちとツーカーの仲で、仕事の手順をすべてわかって、 バイトのやることを取り仕切っている水産大学校の学生たち。 よそ者は私と私より一年上で上智大学に通っている学生。 これが困った。 私はどうしても根がまじめなので、 与えられた仕事は全身汗でずぶぬれになっても 必死でこなそうとするのだが、 その一年上の上智の学生が同じ高校出身だったこともあり、 先輩風を吹かすのだが、まるで仕事をやる気がない。 小学生だってもう少し真面目にやるだろうが、とは怒鳴れない。 「もうこの辺でいいよ」「いや、まだ全然できてないでしょう」 「いいんだよ。 適当で。 だれも見ちゃいないんだから」 馬鹿、見てんだよ。 プロは。 最初そいつと組まされた時は中途半端な仕事ぶりに社長も怒り、 当然私も同罪扱いである。 ほとほと嫌になって、プロのバイトの方々と組ませてもらい ようやく真面目に仕事に取り組めるようになった。 その上智野郎は3日で「やってらんない」ということでいなくなった。 別に上智大学の悪口言ってるんじゃないですよ。 そいつの名前を覚えていないので、 便宜的に大学の名前を使ってわかりやすくさせていただいているだけです。 どうしてんだろう。 あのサボり坊主。 名前を覚えていてもここじゃ出せないか。 仕事は異常にバリエイションに富んでおり、 とんでもなく根の張った木の切り株を掘り起こす、 馬鹿でかいレストランの地上10数メートルある屋根の上に 据え付けられた金のシャチホコを塗りなおす、 内装で壁に塗る素材を混ぜて、塗りやすい量を職人さんにコテで渡す、 しまいにゃセメントをこねていた。 高校のときの同級生が通りかかり、 「お前、何やりよるんか」 「セメントこねよる」 そんなやり取りもあったなあ。 多分この仕事に向いていたのだと思う。 ある日、黙々とセメントをこねていた。 その頃には他に混ぜるもの、水の量なんかも身体が覚えていて、 我ながらやるもんだと心の中で自分を誉めてやっていた。 すると横で私のコネ具合をじーっと観察していた 職人のおばさんが感心したように言ってくれた。 「あんたのお母さんは鳶かね」 何のことかわからなくてボーっとしていたら、 もう一度 「あんたのお母さんは鳶かね」 「あっ、いえ、普通の主婦です」 「ほー」 と驚いた顔をして持ち場に戻っていった。 お母さんが鳶の子はセメントをこねるのがうまいのか? ちょっと飛躍がありそうだけれど、 誉められて大変誇りに思いました。 もう今はセメントをこねると間違いなく腰を痛めるが、 そんな才能もあったのだなあ、 あそこでバイトしなければわからなかったことである。 大倉眞一郎 あー、知らないこと、知りたいなー。 見たことのないもの、見たいなー。 聞いたことのないもの、聞きたいなー。 食べたことのないもの、無理のない範囲で食べたいなー。 というのが、私の基本的行動原理である。 特に世界に限ったことではない。 日本中知らないことだらけであるが、 外国に出かけるほうが、ショックが大きくて、しぼんでしまったり、 やたら気が大きくなったりするので、どちらかと言えば外国好きである。 本は良いですよ。 「世界中を旅することはできない。 そのために本がある」 ミラ・ナイール監督の撮った「」の 主人公の父親が言った言葉である。 この映画、良いですよ。 ニューヨークとインドが舞台になっています。 DVDで借りて見てください。 しかし、私の場合、読む本の内容を恐ろしい勢いで忘れてしまうので、 ときどき「あの本はよかったねえ。 とくにあの場面で主人公が言ったあの言葉」 とか胸を張って暗唱してくれる人がいるが、信じられない。 読めば、次、読めば、次。 忘れられないくらい素晴らしい本なら、忘れないだろうし、 忘れてしまったにしろ、どこか無意識の小部屋に埃のように、 少しずつ溜まっていくものがあるだろうと納得させているのだが、 読んだか読まなかったかも怪しい本が本棚の奥から出てきたり、 「最高に面白いねこの本は」と読み勧めていくうちに 「ありゃ、これ読んだことあるわ」 なんてこともあるので、不安でしょうがない。 私にとっては、本が存在しないと生きていけないというくらい 人生で重要なものであるが、やはりこれがすべてではない。 実際に人と出合ったり、不思議なものを見たり、驚いてみたり、怒ってみたり、 考え込んでみたり、なんやかんやすることはもうすぐ52歳になる私としては やはり、とても大事なことやったなあ、 これからもそんなこと続けんといかんなあ、としみじみ思う。 ハワイには仕事で何度も行ったし(不思議なことに撮影では行ったことがない)、 プライベートでも恥ずかしながら、ダラーンとしに何度か訪れた。 何年か前、マウイ島で車を走らせていると、赤茶けた土地に広場があり、 なにやら妙なものがたくさん並んでいた。 近づいてみるとお墓であった。 すごい数の墓。 すべて日本語で名前、没した日が彫られている。 ハワイ移民のお墓である。 亡くなった年を考えると一世、二世の方々ではないかと思われる。 生まれてすぐ、あるいは、ほんの数歳で亡くなった子供の墓も多い。 すぐそばにあるリゾートホテルでとろけていた私は 別に悪いことをしていたわけではないが、 どんな気持ちで亡くなったのだろう、と考え込んでしまい、 何度かその墓地に足を運び、写真を撮った。 この墓地をテレビで紹介されても「へー」くらいにしか思わなかっただろう。 偶然見つけたときのある種の衝撃は、それをどう解釈するにしても 一生忘れないであろう。 もっともっと衝撃的なことは何日でも語り続けられるほど胸に溜まっているし、 私の思考回路のどこかに溶けて、血になったり肉になったり、 神経組織となっているかもしれない。 今この経済状況でこんなことを書くと顰蹙を買いそうだが、 日本では会社を一旦辞めて長い旅に出ると、 ドロップアウトの宣告を受ける。 だから日本人はいい歳をした男のバックパッカーが少ない。 働き続けることは素晴らしいことでもあるが、 そんなに長くもない人生、何がどうなるかわからない。 海を渡ってみることも悪くないですよ。 労働流動性の問題、法律ひとつで変わるものではありません。 こんな状況だからこそ、 根本的なところから考え直すにはいい機会だと思うのですが。 大倉眞一郎 「世界地図帖」を紹介していた時に日本は現地発音主義で 地名を表記していると申し上げた。 これは旅をしているとありがたいことで、 現地で「そりゃどこのことだ」といぶかしがられることはない。 ただ、地名だけの話で、 アメリカで「マクドナルド」だとか「マクド」と言っても全く通じない。 「マクダーナル」と言ってくださいね。 通じます。 この場合「ギャグ・ド・リヨン」と割り切って話すと通じます。 中国語はややこしい。 たくさん言葉があり、ほとんど通じないくらい発音が異なる。 そのため普通語というほとんど北京語と同じ発音の言葉が 全国に普及している。 外国人はいくつも言葉を覚えなくてすむのでありがたいが、 嫌だね、と思っている人もいるはずである。 さて、日本ではどう発音するか。 たとえば北京はベイジンがペキン、上海はそのままシャンハイ。 これくらいはすんなり来るのだが、 四川は四川語ではなんと言うのか知らないが、 日本ではシセンである。 ただ、普通語ではスーチュアンが正しい。 四川の首都、成都はほぼチャンドゥと発音する。 香港は広東語ではホンコンだが、普通語ではシャングアンである。 現地発音主義と言ってもそれぞれの国の事情があるので 簡単にはいかないのである。 日本語も現地発音主義はいいのだが、必ずしもそうなっていない。 一番いい例がイギリスである。 英国でイギリスと言っても自分の国のことを言われていると思う イギリス人は皆無である。 何故イギリスと呼ぶようになったかは面倒なので省くが、 この国はどの国でも呼び方が定まらない謎の国である。 インドでは地名の変更がこのところ富に盛んでややこしい。 イギリス植民地時代に呼ばれていた地名を その前の呼び方に戻しているのである。 ボンベイがムンバイに変わったのはよく知られているが、 ここで作られた映画はボリウッドムーヴィーである。 カルカッタはコルカタ、マドラスはチェンナイに変わった。 日本でベナレスと呼ばれるヒンズー教の聖地は 英語名のベナリースから来ているが、独立後はヴァーラーナシーに変わった。 そしたら今度はバナーラスが正式名称に変わったと言われるが、 駅や空港はヴァーラーナシーのままである。 よくわからない。 さて、現地発音主義を無視して傍若無人な発音で押し通しているのが 英語を母国語としている連中である。 もうびっくりすることばっかり。 ロンドンに赴任してチューリッヒに出張することになったのだが、 総務のイギリス人に「チューリッヒに行くよ」と言っても全然通じない。 「だからここだよ」、と地図を見せると「あー、ズーリック」と大笑い。 私がアホのような扱いである。 同様にフィレンツェはフローレンス、ブリュッセルはブラッセル。 これくらいはまだ可愛いが、ナポリはネイプルズ、ミュンヘンはミュニック、 セヴィリァはシヴィルになる。 英語で読み通せるものは英語読みに変え、 読めないものは綴りを変えてまで発音しやすいようにしてしまう。 東京なんてエドですぜ。 これは嘘。 日本の地名は変えようがないようである。 てなことを面白がりながら、地図を見るのも楽しい。 大倉眞一郎 前回私が紹介したのは「貧乏神髄」であるが、 実は辻井喬と上野千鶴子の対談「ポスト消費社会のゆくえ」と どちらを選ぶべきか大変迷っていた。 辻井喬は元セゾングループ総帥の堤清二である。 本名が堤清二で辻井喬がペンネーム。 なのだが、本の中で上野千鶴子が指摘しているように、 あたかも堤清二という仮名の企業人と本音を語る辻井喬がいるような 逆転現象が読み取れておもしろい。 上野千鶴子は社会学の権威兼恐ろしいフェミニスト、 というイメージが強かったのだが、 論理的思考に優れつつも、心の機微、情緒も持ち合わせている方であった。 で、取り上げかけたのだが、私が辻井喬の本を読んだことがないことを思い出し、 また今度にしようと思った。 しかし、私の中で「貧乏神髄」とかぶるので、もう改めて紹介しません。 文春新書から出ています。 興味のある方はどうぞ。 私からしてみれば現在、大不況と言われながらも、 大量生産、大量消費を目指す方向は変わっておらず、 「ポスト消費社会」という言葉は不適当ではなかろうか、と思われる。 彼らが言う「消費社会」というのは、 あくまでもかつて西武や丸井に代表されるようなデパートが 消費を引っ張り、あたかも消費=文化的生活、「自分発見」への 道であると喧伝していた頃の社会を指している。 であるから、懐かしい昔話のオンパレードで ちょっとしらける方もいらっしゃると思う。 私は今も基本的な消費傾向は変わっていないと考えている。 専門店化、ネットでの買い物等に形態が変わっただけである。 ただし、大方の見方のように不況から脱すれば、 世界中、元通り物を買いまくるか? 私は消費への欲望について否定しているわけでは決してない。 必要なものは必要に応じて、必要でないものも欲望に応じて 人間の奇妙な行動原理にあわせて買えばいいと思うが、 その行動原理も文化的なものであるから、 所変われば全く別の形態もあることは承知しておいてもいいだろう。 さて、消費において最も優先されるのは食べ物である。 食わなきゃ死ぬからである。 うまいまずいは味覚の違いにもよるが、 価値観の差でもある。 「こんなまずいものが食えるか」 と言い放つ人でも、食うものがなくなり、 「まずいもの」しかない状況におかれれば、 まずその「まずいもの」を食う。 食わないで餓死を選ぶ人もいるはずであるが、 それは、よほど個人の食べ物に対する文化(幻想)意識が強いわけであるから、 ある意味賞賛に値するかもしれない。 ラオスの首都ビエンチャンから北はほぼ山の中と言っても良い。 ルアンパバーンという古都は小さいながらも、 観光地として成立しているので、 ちゃんと西洋人向けのふざけた値段のメニューを置いているレストランが多くて 頭に来るのだが、そこからさらに北に向かうと、 よほどの物好きでないと旅行者はいないため、 町の食堂かマーケットの屋台でみんなで仲良く食事を摂る。 マーケットも北に行けば行くほど規模が小さくなり、 何でも揃っているマーケットではなく、 食い物だけしみじみと置いてあるものに変わる。 少数民族のお歳を召した女性は民族衣装でやたらと筍を売っている。 私が行った時期が筍の季節だっただけなのだろうが、 山の中で暮らす人々はとにかく筍だけ並べまくる。 地べたに何人も列を作って売っているのだが、 大繁盛のお店はない。 これ売んないと、他のものが買えないのだろうから、 困るだろうに客の取り合いという喧嘩もなく、 じーっと静かに座り込んだままである。 売れないと筍ばかり食べるのだろうか。 結婚式に乱入した時に筍の煮物をいただいたが、 姫筍を一回り大きくしたくらいのものなので、 柔らかくてとてもおいしい。 自炊が出来れば、焼いたり煮たり、超ご馳走である。 蛋白源は肉もあるが、魚も重要である。 もっと立派な魚を水槽で売っている店もあるのだが、 この方々はやはり少数民族のようで、 マーケットの一番端に場所を与えられていて、 やはり売れ行きは芳しくない。 魚は私には鮒にしか見えない。 実は私は鮒は苦手。 あの鮒売れたかしら。 気になりつつ、屋台でカオ・ソーイという肉味噌のかかった 汁麺を食って帰る私である。 そのカオ・ソーイ、とてもおいしいのだが、日本円で約50円。 彼らにとって安いのだか高いのだか実感できないのが、残念。 多分安いということはないはずである。 ラオスの山の中も日本とは少々異なるが消費社会である。 大倉眞一郎 アサクサロックという場所があることを知ったのは、 就職してからではなかろうか。 学生時代に東京見物する金銭的余裕はなかったし、 浅草寺が特にありがたいお寺だとも思っていなかったはずである。 多分、ただ「読め」と言われたら「あさくさでら」と答えていた。 仕事を始め、割と早い時点で、 いろいろ事情がありまして、浅草に出没することになりました。 雷門、立派じゃないですか。 仲見世、買う物はないけど、楽しい。 浅草寺、「せんそうじ」ですから。 お線香の煙を全身に擦り付けるのが大好き。 浅草寺から六区へ抜ける屋台の並ぶゴチャゴチャした通りも大変好ましい。 かつての浅草六区の賑わいを写真で見ると イランの改革派のデモに匹敵するほどである。 さほど広くもない通りの両側には映画館、芝居小屋、演芸場、ストリップ劇場が 軒を並べ、客は空いている小屋に入るくらいしか選択肢がないように見える。 それほどの場所だったのだ。 30年近く前の六区はかつての華やかさには到底及ばないが、 まだまだ、活気があった。 六区は庶民の町ながら、 私のような田舎者にはどことなくよそよそしいイメージがあり、 ちょっとフランス座に寄って行くかとか、 そんな気軽な場所ではなかった。 多分、渥美清、ビートたけし、更には井上ひさしを 生み出した場所という伝説が重かったのだと思う。 今はもうフランス座はストリップをやめてしまい、 残るストリップ劇場はロック座しかなくなった。 しかも、表示はROCKZAである。 一度入ってみたいのだが、こちらは綺麗に改装されすぎていて、 どうもその気になれない。 映画館もかつての歌舞伎町以上に集中していたようだが、 現在は封切館がなくなってしまった。 しかし、数軒残っている小屋はかつての面影を濃厚に残しており、 掛けている映画も心を震わせてくれるものばかりである。 たまにしか入らないが、今どきどこにもない3本立てである。 一日楽しめる。 かつての浅草演芸場の写真を見たことがないので しかとは申し上げられないが、 多少手は入れられているはずだが、こちらもほとんど昔のままではなかろうか、 妙な感じのトイレがあったりして、素敵である。 演目も落語からマジックまでグダグダに混ぜてあるので飽きない。 昼の部は11時40分から16時30分、 夜の部は16時40分から21時まで。 原則入れ替え制ではないので、 居たけりゃ11時40分から21時までお楽しみください。 夜は通りの裏に大衆酒場が並んでいるので、 そちらもお勧めであるが、 私は小さな料理屋が並んでいる食通街へ行って、 夏はすっぽん、冬はあんこう鍋を食べるのが恒例である。 申し訳ないが、店の名前は教えられない。 予約を取るのがますます大変になる。 浅草、ずいぶん変わっちゃったけど、まだ持ちこたえている。 嫌なことを言うようだが、もっと変わってしまうような気がしてならない。 せっかく東京に居るんだから、是非浅草で一日遊んでみてください。 肩の力抜けますよ。 大倉眞一郎 先週の放送では、北方謙三の小説の話をしていたのに、 いつの間にか食い物の話に変わっていた。 てっきり私のせいだと思っていたのだが、 よーく考えてみると「水炊きは食えなかった。 くやしい」、 「熊本では馬刺しを食べなきゃ」と話を先導していたのは 杏ちゃんだったはずである。 私は合いの手を入れていたくらいだった。 杏ちゃん、仕事の場所は食い物で選んじゃならんぞ。 東京では九州ラーメンはすべてとんこつで、 どこで頼んでも同じようなものが出てくると思われている節があるが、 これこそ東京の地方文化軽視の代表的な例である。 東京生まれの人間が宮崎のラーメン、 博多ラーメン(同じ福岡でも場所により特徴が異なる)、 熊本ラーメン、鹿児島ラーメン、佐賀、長崎、大分のラーメンの違いを 言い当てられるようになって初めて地方と中央の対立がなくなるのである。 もっと知事さんたちはそのあたりに力を注いで欲しいところである。 食文化ほどその土地の名刺代わりになるものはない。 さて、私に書庫には多数のいわゆるラーメン本が並んでいる。 どうしても東京中心のものが多いのだが、 一冊、お宝扱いされている本がある。 「麺食いランキング 九州」がそれである。 この本はメチャクチャといえばメチャクチャで、 県ごとにラーメン、うどん、そばについてはそれぞれの県のタウン誌が 1000人〜1500人にアンケート調査を実施し、 10位までランキングをつけている。 ランク外に落ちたものも載せているのだが、 私の見たところ必ずしも納得が行くものではない。 落とされた店は悔しかろう。 それでも、ラーメン、うどん、そばの他、特別に ちゃんぽんコーナー、スパゲッティコーナー、 どこにも分類不可能な麺コーナーがあったりで、 かなり網羅的な作りになっており、 九州の麺を求めて一年放浪の旅の出ようという人にはうってつけの本である。 私もいつか、と考えている。 せっかくなんで、ラーメンのみ各県の一位を紹介しておこう。 福岡(福岡市)一蘭 すでに東京に何軒もありますね。 (久留米市)大龍ラーメン (北九州市)唐そば 渋谷に支店があります。 佐賀 一休軒 長崎 一休軒 奇しくも佐賀、長崎の一位は名前が同じだが、関係ないらしい。 大分 なべさんラーメン 熊本 黒亭 宮崎 風来軒 鹿児島 くろいわラーメン 見ているだけで身体がよじれてくるほど、切ない本である。 しかし、発行されたのが平成10年。 プランニング秀巧社から出ている。 麺食い人はどんな手段を使っても探し出すことをお勧めする。 大倉眞一郎 先週の番組は正確には合評ではなかった。 合評をするには読み込みが足りないという気もしたのも事実だが、 1Q84のどの部分に触れても、これから読む人たちの気をそいでしまうか、 重要な内容の一片を話してしまうことになるのが嫌だったのである。 杏ちゃんと「どこまで話せるか難しいね」と悩みながら、 地雷を避けながらそろそろと進んでいった。 しかし、村上春樹がすごいのか、 杏ちゃんと私の連携プレーが見事だったのか、 皆さんからの反応には驚いた。 大変な数のメール。 それもぎっしりとご自身の感想を書き込んでくださっていました。 買ったきりなかなか時間がなくて読めない人、 BOOK1が手に入らなくて読みたくても読めない人も きっと多いと思うが、早々に読み終わり、 メールまで送ってくださる方があれほどいるとは思いませんでした。 本当にありがとうございました。 ちなみに昨日、打ち合わせで会う人間から家を出る直前に電話がかかってきて 「大倉さん、1Q84持ってる?」 って番組聴けよ、お前。 「BOOK1が手に入らないんで、貸してよ。 BOOK2も」 古い付き合いの人間なので重い本を抱えて行った。 帰りに「何がこんなに重いんだろう」とバッグを覗いて、 「あっ、1Q84だった」 とのたまっていた。 それにしてもだ、この本の売り上げもさることながら、 マスコミの取り上げ方もなかなかすごい。 テレビではまだ読んでいないキャスターが、 「ここまでは話してもいいそうです」といいながら、 地雷をバンバン踏んでいる。 司会者もコメンテイターも「へー」って顔で聞いて、 「それで面白いの?」とか質問している。 決して全員に読めと言っているわけではないが、 紹介するのならもう少しデリケートにやってくれないかしら。 新聞や雑誌で紹介される分には、 読んでない人間は避けて通れるが、 いきなり「青豆は実は...」とかラジオやテレビでやられると、 何すんだよ、とどつきたくなる人も必ずいると思うのだが。 「読まずにわかる1Q84」みたいなのもあったが、 それでいいのなら、別に文句もないが、「じゃ、知らなきゃいいじゃん」 という気がする私が間違っているのかしら? そんなわけで繰り返しになるが、 私たちはネタばれを巧妙に避けながら、話をした。 物足りなかった方もいると思うが、 お察しいただけたらと思います。 で、村上春樹について、また過去の作品について話をしたりしたのであるが、 このあたりもなかなか私としては難しい。 内容を紹介することが嫌なのではなく、 私は小説は出版された時点で作家の手から読者の手に渡り、 その解釈はあらゆる意味で読者に移譲されるべきだと考えているからである。 作者が何を言っても後の祭り。 黙っていて欲しくなる。 そう言いながら、好きな作家の本はほとんど読むという習慣のついている私は、 やはり、作家論にまで及びたくなってしまう。 読者が作家について語るのは自由だと思うのだが、 なんか余計なことまで言いたくなるのが困るんですね。 確かあれは遠藤周作だったと思うが、 国語のテストに彼の小説が使われていて 「下線部分について作者はどんな思いで書いたのでしょう」 という問題があり、先生からどれが正解でしょうか、 と聞かれ、「全然わからなかった」、と何かのエッセイに書いていた。 「勝手に解釈して」が正しい答えだと私は思った。 大倉眞一郎 「ボツ」。 最悪の響き。 冗談じゃなくて、この言葉を聞いただけで背筋が凍る。 先週の放送でも同じようなことを言ってしまった。 トラウマを抱える人間は同じことを何度も話す。 昔、某飲料メーカーの担当営業をやっていた時に、 得意先の制作の責任者が就任して最初にやったことが 直径10センチのボツマークの判子を作ったことだった。 「ダメな原稿には、これ押すんですよ。 バーンと」 と気持ちよさそうに話していたが、 私には心折れるお話であった。 広告会社をやっているといろんなボツが出る。 理由がさっぱりわからないもの、 明らかにこちらがミスを犯しているもの、 ただの意地の張り合いになり、お蔵入りしてしまうもの。 どんなケースにしてもボツは辛い。 ボツになる前に皆さんはよーくクライアント様と話し合ったくださいね。 ひとつボツになると2歳は寿命が縮まるので、 私にはもうあまり長い時間残されていない。 そういう人間の言うことは聞いておくように。 放送業界には「ダメだし」はあっても「ボツ」はないので嬉しい。 でも、原稿にはある。 原稿で揉め始めると、引けなくなってしまうことがあり、 その場合、泥沼に落ち込む。 そんなこと本当は一度だけなのだが、 10年前にある雑誌で抜き差しならないことになったことがある。 一番、残しておかないといけないところを削れとか言ってくるんだから、 プロの物書きでなくても、簡単には 「はい、そうですか」 とは言えない。 「大倉さんはいったい何が書きたいんですか!」 「オメーは何を書かせたいんだよ!」 てなことになる。 恐らく私が悪いのではないかと思うが、 具体的に書かせたいことがあるんなら、 自分で書きゃいいだろうに。 昔のことです。 今はもうない。 もうないで欲しい。 このブログは私が至らないことを書いたときだけ、 気持ちよく指摘してくれるので、 「バーカ」「バーカはお前」みたいな、 小学生の言い合いになったことはない。 写真も99. 私の「漂漂」(ふわふわ)という本は、 編集の方が文章については見てくださったのだが、 写真のセレクトはほとんどアートディレクターと二人でやった。 載せた写真が80数枚だったのだが、 私がラフセレクトをして300枚くらいにしておいた。 そこから削るのが苦しい。 私としては全部載せたいのだが、物理的に無理だし、 アートディレクターはそんな私に頓着なく、 「これはないね。 大倉さん、いいよね」 とどんどん落としていくので、 こっそり後で落とされたものを戻したりしていたが、 結局、載せないことになる。 「伝えたい」と「伝わる」は違うのである。 最終的には売れはしなかったものの、 好きな人には好かれる本になった。 写真のセレクトが大きかったと思う。 ボツのない世界に行ってみたいが、 そこは赤ん坊の世界。 全能感だけを持った、何も出来ない一人だけが宙に浮いた世界である。 それが面白くないから、人間は摩擦を楽しんでいるのである。 「漂漂」で落とした写真を2枚だけ掲載させてくださいね。 ミャンマーの猫。 昼間は人間も動物も寝ている。 ロンドン、コヴェント・ガーデンの芸人。 コヴェント・ガーデンはちょっとお金のある人のマーケット。 カムデン・マーケットはどちらかというとお金がない人向け。 ようやく日の目を見せてやれました。 大倉眞一郎 「凶区」とは森山大道独特の表現であるが、 確かに日々見慣れた風景が、 突然初めて出会ったような奇妙なものに変わっていることがある。 下痢をしていて腹を抱えながら歩いている時に起こることも多いが、 きっかけもなく、いきなりそんなことになると 自分がおかしくなったような気がして不安になる。 何が引き金になるのかはわからないが、 日頃目に入っていなかったものが、急に存在感を増幅させて、 見えていたものにまで影響を及ぼしているように思う。 それで憂鬱になったり、晴れ晴れとした気分に変わったり、 世界が完璧な調和の中にあるように感じられたり、 まさに「禍々しい世界」が現出したりする。 森山大道はモノクロでとにかくシャッターを切りまくり、 彼の見た「禍々しい世界」を印画紙に焼き付けるが、 私は個人的にはとても異質な世界を感じることがあっても、 禍々しく見えたことはない。 見えないことのほうが禍々しく思えることのほうが多い。 でも、森山大道の肺腑をえぐるような写真には圧倒されて、声をなくす。 よく海外旅行に行ったあと、撮った写真を見てみると、 どうしてこんなものにカメラを向けたんだろう と思われた方も多いのではないかと愚察するが、 日頃見てないものを見ているのだから当然である。 私なんか 「ゲー、すごいもん見ちゃった」 と思い、マンホールの蓋を撮ったこともある。 まあ、面白いといえば面白いんだが。 20代の頃は休みのたびにカメラを持って町を歩いていた。 下町が好きだったので、画角だけ気にして何でもシャッターを切っていた。 会社のデスクで現像したものを見ていたら 「これ、なんかいいのはわかるけど、どうすんだよ。 人に見せんの? 無駄なんじゃない」 とぬかしたかなり年上の同僚がいたが、 30年近く経っちゃったけど、今ここで見せてんだからいいだろう。 発表しなきゃ写真を撮る意味がないといわれたら、 写真なんて撮れないじゃん。 俺はなんか感じたからシャッター押したんだよ。 ちなみに私を罵倒したのか誉めたのかわからなかったその人は、 今は中国で高級美容院を経営して大成功しているらしい。

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【荒野行動】ヘッドショットが上達する5つの秘策! 【KNIVES OUT】

荒野 行動 ヘルメット を かぶる と 服 が 消える

痩せた。 車椅子。 仕事どうしよう。 古い話し持ちだして申し訳ないと思いますが、それでよくここまでコカイン使用のピエール瀧さんをこき下ろせるなぁと思うんですよね。 私の個人的見解ですけど、危険度で言ったら坂上さんと布施さんの方が上ではないかと思います。 ミートソース。 粉チーズがないだと・・・。 お腹痛い。 スーパーチェーンルブ。 666。 1600。 目が痒い〜。 ワイモバショップではなく。 ジャイアントコーン大人のチョコレート。 髭剃る。 ロング・ラブレター〜漂流教室〜3。 広島八丁座、呉ポポロではなく。 ブーツ。 ブーツ。 汚れてる。 降ったっけ? コーナン。 団子音頭が流れてない。 蛍光管。 30形、32形。 FG-1E、FG-5P。 32形、40形。 1119。 チェーン錆びてる。 自転車。 一富士。 繁盛してる。 あー鰻じゃない定食があるのか。 カレーライスが気になる。 お茶替えてくれた。 酒のほそ道カレンダー。 まんぷく最終回。 初めて見ます。 あ〜、クロスワード的に。 「四角に入る漢字二文字を答えよ」みたいな。 美味し〜。 脂の味が違う。 高い焼肉と一緒か。 お茶替えてくれた。 3,000円。 ビバホーム。 お腹痛い。 1413。 アマゾン。。 ミスド。 そこで「就活生がブルーオーシャンだ」という。 ドムちゃん。 20201205。 ロング・ラブレター〜漂流教室〜2。 下くんパターン。 深呼吸。 4月1日から、ヴが消えることになった。 といっても、国内でヴの表記が禁止されるわけではないので、ヴィッセル神戸やヴィレッジヴァンガードのファンも慌てなくて大丈夫だ。 『Hello! Project 20th Anniversary!! Hello! Project ひなフェス 2019』ではなく。 3月29日 風呂。 3時間休暇。 1214。 座れた。 カレー。 LOVELAND,ISLAND。 ロング・ラブレター〜漂流教室〜1。 一斉送信かな。 1300。 新潟市 NGTのPR起用見送り M田さん。 ハレーション。 寝てる。 コーヒー。 金魚元気。 伊豆ニューサマーオレンジスイートチョコサンド。 クワハラさん。 『この世界の さらにいくつもの 片隅に』公開日発表イベントではなく。 03GB。 ないでしょう・・・。 ピッチ。 ファミマ。 定期券更新。 みその混んでる。 てん天。 野菜丼。 チーズ。 ミュージックステーション。 2メートル。 手入れ。 よみがえる空-RESCUE WINGS-テレビシリーズ全話オールナイト上映ではなく。 誰にも見つからずに泣いてる君は優しいではなく。 満開かな? 840。 0914。 クロワッサン たまご。 パイナップル。 外見や雰囲気も変わったように見える。 六本木かいわいの薬物ルートを捜査していたところ、彼女の名前が出てきたそうだ。 私生活では一緒にいた男性と別れたが、原因は男性側が彼女の挙動に異変を感じたからと言われている。 昨年末、情報を聞きつけた一部メディアが自宅を割り出し、来るべき日に備えて隠し撮りしていた」とはテレビ関係者。 この歌姫でいくのか、別の著名人に切り替えるのか。 薬物情報が入ってくる生活安全課マターでは、かねて疑惑のある大物男性ミュージシャンや、奇行がたびたび目撃されている主演級女優の名前も挙がっている」と明かす。 89年か。 Iだった。 デビュー30周年を迎えた翌08年、1年ぶりに「SONGS」に出演。 今回はそれ以来の11年ぶりのテレビ出演となった竹内。 ウインナーぱん。 カップヌードル トムヤムクンヌードル。 郵便局。 コーヒー。 橋本 敬史(はしもと たかし、1965年9月30日 - )は、群馬県桐生市出身のアニメーター。 お疲れ様でした。 休暇簿。 保険的に。 自民党の都議が「不適切」と問題視。 都が区を指導して物議を醸したことから、注目されていた。 岐阜か。 B上くん。 新橋亭。 あった。 美味しい紹興酒。 十分の一。 ビンゴ。 みかんジュース。 古本市か。 タイムリー。 萩ん健。 なるほど。 野球部。 チケット。 お見送り。 ゴクゴク。 ススムくん。 ないじゃん。 トロント。 サプライズ。 Tこちんイノセント15。 劇場版『若おかみは小学生! 』ができるまで展inササユリカフェではなく。 3月27日 二日酔い。 休みたい。 840。 0914。 メロン。 かたい。 強制送還。 サントラ発売日。 精神的にナイーブなタイプで、周囲の大人がちゃんと支えてあげることが必要だが、できていなかった。 もし欅坂46に入っていれば、いまも笑顔で歌っていただろうか。 NGT以前にも、多くのアイドルグループを標的に、蛮行が繰り返され問題視されていたハンター集団。 出禁などの処分を受けてもターゲットを変えて、最終的にNGTに流れ着いた面もあるだけに、そう簡単に諦めるやからではないのだ。 おやすみ、か。 コーヒー。 パーティーピープル。 ハッピーピープル。 レッドブルか。 アルコールと一緒に飲んでいいのか? クロワッサン たまご。 スパムおにぎり沖縄風。 オンリー・ユー〜愛されて〜 早回し 2。 アンテナ長っ。 難しい質問。 どちて坊や。 若く見えるけど、さすがに高校生役は無理があるでしょう。 それで魔法使いとか言われてもね。 百貨店、伊勢丹の広告に出演した。 今のままでは電気料金の透明性を確保できない。 延長論は認められない。 転用可能? わからん。 しかし、人気に「陰り」が出てくればそうはいかないのもまた事実である。 日高屋。 汁なしラーメンと餃子。 800。 1947。 こーゆー色か。 ブーツ。 オンリー・ユー〜愛されて〜 早回し 456789。 オンリー・ユー〜愛されて〜 早回し 10。 酒井法子ではなく。 クラスメイトは大友花恋! ではなく。 3月26日 いい時間。 発表会か。 だいすき聴きたいな。 石山蓮華さん卒業。 840? 切っても切れないって言う人。 絶対ゆるせないと思ってる人。 沈黙組A、B。 余裕のない人。 熊谷、古河、下妻。 0914。 名前間違ってる? 呉市では他人の服を破ったり下着を脱がすのは遊びらしい。 マイケルJって。 上司は? 「彼には、ありがとうと伝えたいですね。 コーヒー。 スパムおにぎり沖縄風。 カップヌードル欧風チーズカレー。 郵便局。 自動ではない。 石巻ぃ? Bかな? まとめ? 入れない? 島根県は竹下政権が誕生した翌1988年度から2010年度まで、1人当たりの公共投資額が23年連続で全国1位だった。 しかし公共事業がしぼむにつれ、「王国」も徐々に揺らぐ。 さわやか会社員。 うわー疲れそうだなこれ。 歓送迎会欠席。 消えよっと。 伊勢丹ではなく。 みその。 オンリー・ユー〜愛されて〜 早回し 1。 野球班。 チケット。 かぶる。 口開け。 マイクいらない人。 なるほど。 嘆きのマートル。 タイムリー。 一富士? 男同士は早い。 使い物にならない。 入れようと。 1920。 ですよね。 ライブ。 二丁目。 チケット。 飲んでない。 3月25日 Tこちんの目覚まし時計をCーちゃんが何度も止める。 5年生は卒業式に出席。 837乗らず。 840。 原発のウソ読了。 0914。 金魚元気。 チーズのせベーコンエッグパン。 パイナップル。 意外と短い。 理由、つまらないから」 クロワッサン たまご。 カップヌードル ナイス。 テレビ会議。 眠かった。 バーミント。 永遠のパズル。 イベントみたいなものに呼ばれたことはあったけど、結局人前で演奏したり歌ったことってなかったと思う。 大学時代にホンダの「シティ ターボII」を 48万円のローンで買って、夜中のバイトを終えてから、そのまま神奈川のヤビツ峠までよく走りに行きました。 今思えば、あの頃は24時間フル稼働して生きていましたね。 おそらく、人生におけるトータルの睡眠時間は、日本人の平均の半分ぐらいなんじゃないかと思います。 中でも私が今でも忘れられないのが、ホセ・クレメンテ・オロスコという人の壁画です。 特定の場所や人間関係の中で薬物に触れることが多いので、身近だというのは言い過ぎではないか。 いない。 みその。 タイムリー休みか。 セブン。 2141。 チェリオ。 Girls Circus! ではなく。 3月24日 早起き失敗。 サンドイッチ。 Tこちん起きろ。 ステッカーはがれちゃってる。 ビーモ。 ミュージックステーション。 Fみこ空腹で凶暴化。 サイゼリヤ無理。 地元のサイゼリヤ。 間違い探し難しい。 お腹痛い。 ワイモバショップ。 なるほど。 近所を一周。 ステッカーはがれてる。 ドライヤー。 太陽光発電、年間2. 笑ってる? りんご。 錦糸町。 モーリー氏が「はい、一回だけ、80年代に 眠い。 3月23日 雑巾。 濡れてないけど花粉が凄い。 AM廃止!? NHKがradikoに参加、そしてAM放送廃止要請。 ラジオよ、どこに向かってる? AMがよく入ると嬉しいし、AMがわずかに入ると嬉しい。 AIなの? お早めの。 寝ちゃった。 焼きそば。 せとか。 チョコ。 バス停。 サミット。 ドーナツ。 1524。 土曜の夕方は混んでるな。 ナップス足立店。 2ストサウンド。 千年屋アナの実況。 ステッカー。 1756。 ミュージックステーション? けんくん6さい。 バーガンディー。 元SKE48の矢神久美(24) 牧場春フェアではなく。 その際に12人の名前が具体的に挙がった 6ヶ月以上。 Fみこ修了式。 返信ない。 コートなし。 837。 0911。 下北ではなく。 Y井さんすみません。 910。 チーズのせベーコンエッグパン。 メロン。 カップヌードル ナイス。 神奈川・横浜市に住む通訳業の田坂真樹容疑者 48。 ただ、この「怖いもの知らず」というのは、その瞬間の本人にはわからない。 あとから振り返って初めてわかることなんです。 りんご。 バナナ。 調べに対し、「知り合いに頼まれた物を瀧容疑者に渡したが、中身がコカインとは知らなかった」と容疑を否認しているという。 ツタヤ。 ファミマ。 みその混んでる感じ。 とり蔵。 ちと混んでる。 カルチェ。 ヴィトン。 サミー。 10時半? チェリオ。 おめでとう。 御機嫌よう。 ナッツボン。 ヨエロスン最終回ではなく。 3月21日 木。 春分の日。 下北ではなく。 Y井さんすみません。 アサ芸での本田翼の扱いがいい感じ。 春一番? カードキャプターさくら クリアカード編1。 パソ遅い。 ポテチ。 DVD。 テスト。 初ツタヤ。 住所すぐ分かるのね・・・。 曖・昧・Me。 赤い糸 映画。 山積み。 1608。 ゆずりはあった。 フランスもしくは欧州版につき対応はリージョン2、PAL形式となります。 基本的に日本語字幕等はついておりません。 私がゴマキ。 わたしは真悟。 また密会直後は子どもの誕生日だと喜びいっぱいにつづっている。 ひそねとまそたん4。 カードキャプターさくら クロウカード編3。 3月20日 水。 Tうこ卒業式。 伊勢正三か暑い。 アフロ。 原チャリ。 アマゾン。。。 ミートソース。 なにやら、育児や仕事で疲れてても、夫が求めれば相手をしなければいけない決まりになっているとかで……」 寝ちゃった。 Tこちん赤羽。 Fみちゃんヤマハ。 1991。 せとか。 取手市・・・。 茨城基準? 東映を評価しません。 チェリオ。 『』ではなく。 クラスメイトは大友花恋! ではなく。 夜更かし。 3月19日 寝ちゃった。 芳香剤が・・・。 咲き始めてる。 変わった。 837。 0910。 チーズのせベーコンエッグパン。 メロン。 新しいケース。 イヤホンない。 クロワッサン たまご。 カップヌードル コッテリーナイス。 彼は若い女性をモノみたいに扱っていて複数の若い女性を食い物にしていた。 どれくらいクスリを盛ったら(被害者は)どうなるのか試されたのか、遊び感覚でクスリを盛ったんでしょう。 3万人逮捕 マーケットプレイス。。 マイナンバー。 休暇簿。 クルンテープ。 「被害者がいるのといないのとで大きく差がある」 ないって。 ラムネ。 ギタリスト? ・・・。 オンラインゲーム「モンスターハンター」を介したトップアイドルとB氏の出会いや交際の経緯、夫からゴマキを救い出さなければならないとB氏が真剣に思うに至った2人のやり取りの記録などについて詳報する。 ファミマ。 みその。 ウーロンハイ。 炎の転校生2。 飛ぶ・・・。 このショールは2007年、切り裂きジャック研究家ラッセル・エドワーズがオークションで入手。 カナディアンデストロイヤー。 オリジナルラブ。 チェリオ。 3月18日 月。 くしゃみ。 泣いてるし。 ディープジョティ。 寝ちゃった。 コナン。 91年か。 2010年か。 01リットル。 622円。 19:05。 CRM。 15,089. 0キロ。 16くらい。 豆腐ハンバーグ。 狭いな。 くしゃみ。 ロンリー・ローラー。 地下ではなく。 3月17日 早起き無理。 エラ・パーネル。 香織さん(30代、仮名)。 すでにふたりの子供を持ち、現在3人目を妊娠している。 おばちゃんか。 セニックで風車ミ。 ニューチンクいっぱい。 片原饅頭。 1125? 念のためブースター。 106始動。 風車ミ。 ニューアルピーヌ。 一万円札。 おっさん。 3,000円。 ケーキ。 00リットル。 18:20。 106。 映画ファンが映画監督に物申すの笑える。 東京へ。 せとか。 ガールズ・イン・トラブル スペース・スクワッド EPISODE ZERO観了。 機動警察パトレイバー30周年記念フレーム切手セットではなく。 3月16日 起きてる。 現在第1子を妊娠中で、来月出産予定だという。 腕だけやなく、脚の血管からも入れたもんや。 どうしようもない時は、ウオーリー(仮名)いう専属の女の針師(覚せい剤の注射を補助することで報酬を得る者)を呼んで入れてもらいよったんやが、サウナ入って血管出しても針が入らんときあんねん。 もう血みどろになるんやがな、それでもクスリ入れたいねん。 どないするかいうとな、注射器に逆流した血みどろの液を冷凍して備蓄しておくんや。 で、注射器の針をバーナーで炙って、先を丸くしてから、解凍したクスリを、ケツの穴から注入するしか手がないんや。 Cーちゃん早起き。 1,010円。 耳もらわず。 群馬へ。 福山雅治。 1458。 いちご。 00リットル。 15:57。 セニック。 ちょっと混んでる。 かずさ。 青森か。 鍵忘れた。 月に開く。 肥沼さん。 コーヒーフロート。 カレー屋さん? ポンチもうやってるんだ。 擁護気持ち悪い。 資本に乗っかった作品は商品なのだから、顔に泥を塗られた資本側が黙ってるわけがないじゃないか、と思っています、だとよ。 もしかしたら、あと一回やってたら他人を傷つけていたかもしれないし、自分でガソリンかぶってたかも。 それでも、その程度のことだと? チャイ。 夜のヒットスタジオ。 志賀真理子、フリージアの少年。 チロリン、 チロリンの 星に願いを。 ダウンロードした!? こぼした・・・。 2011か。 水曜日のカンパネラ。 帰ります。 パンは大丈夫。 ウィンナーコーヒーとハニートースト。 ワイン。 寝てる・・・。 寒いな。 落ちない雨読了。 「4〜5年前に他の家族はどこかに引っ越していきました。 「いずれも20代ぐらいで、髪が長くてスレンダーな体型。 逮捕の1週間前にもロング丈のダウンを着た女性を見た。 夜更かし。 ムーミンバレーパークではなく。 新橋探偵物語ではなく。 3月15日 せとか。 つぼみ。 842。 急停車。 急病人。 0919。 チーズのせベーコンエッグパン。 メロン。 ヒアリング。 アッパー系。 たっぷりタマゴサンド。 カップヌードル ナイス。 ケリー。 レディー・ガガやセリーヌ・ディオンといった大物アーティストとのコラボや、マイケル・ジャクソンの曲をプロデュースするなど、米R&B界の大御所として知られている。 Kelly(サバイビング・R. ケリーと同居している女性たちの家族は気が気ではないだろう。 しかし夫がオートバイの事故で急死した2週間後、身ごもっていることを知る。 直前まで「お子さんは元気? あなたの出産を通して、僕は医師としての初心を思い出したんだよ」と、みゆきさんに電話をかけてきた。 寝てる。 バーミント。 東京福祉大学は、東京・池袋や群馬県伊勢崎市などにキャンパスを持ち、早稲田大学に次ぐおよそ5000人の留学生が在籍しています。 所在不明になり、除籍されたモンゴル人男性が取材に応じ、「期待していたような授業内容ではなかった」と話しました。 「最初入ったときも、勉強やりたいなと思って入った。 でも全然しないから。 辞めたのは11月くらいかな。 パイナップル。 休みますメール。 めちゃ気になる。 ルキノという女ではなく。 新城ラリーではなく。 サックス。 そふりっと。 大盛り。 やばい。 減らない。 やばい。 ファミマ。 セブン。 2044。 ポイントカード。 瀧容疑者は調べに対し、20代のころからコカインや大麻を使用していたなどと供述。 一方で、「使っていない時期もあった」とも話しているという。 3月14日 花粉。 おばあちゃんちは学校のストレスを忘れられる? 838。 0913。 ホワイトデーか。 チーズのせベーコンエッグパン。 メロン。 女優の杉本彩さんが代表理事を務める。 たっぷりタマゴサンド。 じゃがいも。 由来は楳図かずおの漫画『わたしは真悟』に登場するキャラクターから。 寝てる。 空いてる。 パイナップル。 りんご。 バナナ。 「昼間空いてたから、かみさんと買い物に行く約束してた。 でも行きたくなかったのよ。 木曜、行きたくねえなって思ったから(瀧容疑者逮捕を知って)すぐに電話した。 その申し訳なさで謝罪した」と説明。 「本当の謝罪は本人から」と付け加えた。 たとえ違った「正義」を信じていようと、「法」というルールを守る合意さえあれば、「法」に従って紛争を解決できるのだ。 4号店ではなく。 の夏ではなく。 コージーコーナー。 1911。 オリジン。 1916。 ひそねとまそたん3。 3月13日 麻薬取締部によると、同日午後6時過ぎに麻薬取締法違反容疑で瀧容疑者の自宅を家宅捜索。 薬物は見つからなかったが、任意に尿検査を行ったところ、コカインの陽性反応が出た。 また、今月2日からユニット結成30周年ツアーを開始したばかりで、15日にはZepp Tokyo公演を控えていた。 チャイム。 麻取ックス。 麻取ョーシカ。 一緒にやってた人が一斉に自首したらかっこいいよね。 そーゆー MeTooがあってもいいと思う。 賠償金も一緒に払うとか。 山形市の広告代理店社長・阿部譲被告 35。 勢多農か・・・。 Tこちん書類を出しに高校へ。 838。 今日もレジ行列。 なんで。 0913。 酒井法子、「碧いうさぎ」で11年ぶり地上波テレビ歌唱 チーズのせベーコンエッグパン。 メロン。 たっぷりタマゴサンド。 じゃがいも。 2人と「モーニング娘。 19」の羽賀朱音さん(長野県出身)が桐生を訪問。 母親と共に埼玉県へ引越し、高校2年生の時まで保育士を目指して、保育関係の選択授業や検定試験を受けた。 白いコリデール種から生まれる1000頭のうち1頭しかいないとされる黒いヒツジが生まれたのは3日で、同牧場では6年ぶり。 2人は昨年初めから頻繁にSNSなどで連絡をとるようになった。 後藤はB氏とのLINEのやり取りの中で、夫への不満を爆発させている。 瀧容疑者 自宅からストロー状の韓国紙幣 やめてくれー。 やめてくれー。 ログオフ。 よかった・・・。 報告しないのかな。 寝てる。 巨大すぎる、官僚的すぎるから。 市場経済至上主義を推進しているから」。 残留を選んだ人は、フランスに家を持っているとか、ユーロに投資したいとか、富裕な人が多かったと思う」。 ケイトさんはどちらに投票したかを言わなかったが、もしかして、離脱に投票し、今は残留を支持しているのかもしれなかった。 「1970年代には、EC 後のEU に加盟し続けるかどうかの国民投票があった。 自分はその時は投票しなかったけど、きっと、もし投票していたら、離脱を選んでいたんじゃないかな」。 しかし、3年前の国民投票が終わってから、「みんなが離脱でどんな悪いことがおきるのか、今はだんだんわかってきたと思う。 だから、もう一度、国民に投票の機会を与えるべきだと思う」。 ケイトさん自身、「いろいろなことを学んだ」という。 「EUは貧しい地域に資金を提供している。 私が今住んでいる地域もそう。 いろいろ、いいことをしている」。 歴史的な瞬間にいる、と思っている」。 13日も、14日も、パーラメント広場付近には離脱派、残留派の支持者がたくさん集まりそうだ。 炎の転校生1。 そふりっと。 大盛り。 セロリ。 THE3名様。 東武ストア行くの忘れた。 ひそねとまそたん2。 瀧川ありさ。 1991年5月8日。 『クラスメイトは大友花恋! 3月12日 釣られて早起き。 スキー。 図書委員。 838乗らず。 842。 0916。 メロン。 お腹痛い。 T田さん。 ノータイ。 アーモンドスカッチ。 ラムネ。 苺食べたい。 たっぷりタマゴサンド。 かぼちゃ。 なめこ。 放送は認めない。 彼らが決めた基準を経済産業省は事業者に伝えるだけ。 (中略)大臣なんて細かいことなんて分かるはずないし、そんな権限がないことくらい分かってるだろう。 (質問主意書への)答弁書だって閣議前の2分間かそこらで説明を受けるだけだ」「原発は全部止まる。 企業はどんどん海外へ出て行く。 もう日本は終わりだ。 落ちる所まで落ちればいい。 ラムネ終了。 角田は旧津久田村(現渋川市赤城町)出身。 東京専門学校(現早稲田大)を卒業後、京都や福島、仙台での教員生活を経て渡米。 コロンビア大学でキーンさんに日本文学などを教えた。 2016年、第95回全国高等学校サッカー選手権大会の第12代目応援マネージャーに就任。 1年ほど前に社名が変更されていたからだ。 「おめでたいこと」という先入観があり、特に気にならなかったという。 それで事故後、原子力災害対策特別措置法ができました」「けれど、(日本全体では)原子力推進の力学が圧倒的に強くて。 臨界事故も、うかつな、ちっぽけな会社JCOが(バケツを使って)いい加減なことをしたから起きた、と総括してしまった。 本質的な問題に『バケツ』でふたをして、矮小化したんです。 政府や原子力界は、日本全体の問題としてとらえなかった。 そして福島の事故まで一直線に進んでしまった」「(日本では不都合なことを)消そうとするんですよ。 (臨界事故や福島の事故を社会の表から)消して、大きな国策に支障が出ないようにする。 戦争の時と同じです。 ずっと、そういう状況でした。 原子力さまさまで、いろんな恩恵を受けているから、と。 実際、あの手この手。 懐柔もあれば、力で押してくることもあった。 東海村は、農家など元から住んでいる人たちが3分の1、(原発メーカーの)日立製作所の関係者が3分の1、原子力事業所の関係者が3分の1。 でも自分は選挙で勝ってきた。 この原子力の村で、声なき声に支持されていたと思う。 負けず嫌いが流行ってるのかな。 パイナップル。 りんご。 鉛の棺。 アーモンドスカッチ。 カップヌードル コッテリーナイス。 「パンまつり泥棒」は絶対 爺と妊婦の小競り合い。 みその。 ファミマ。 出張かな。 セブン。 2210。 インベーダーキャップの葉書。 起きてた。 出張セット。 定規がない。 ひそねとまそたん1。 シティーハンター1-6。 かずさではなく。 上総志摩ではなく。 3月11日 眠い。 疲れてる。 こども園。 オリーブオイル。 3時間休暇。 11時半。 1144。 座れた。 四ツ谷。 ランチ。 パーク・ライフ。 ラジオ。 スワン。 来ちゃった。 3人目。 PM2:46。 T中・・・。 寝てる? 1640。 パイナップル。 りんご。 バナナ。 六本木ヒルズでは災害時に5000人を受け入れられる態勢を整備していて、倉庫にはおよそ10万食の非常食を備蓄しているということです。 お腹痛い。 ローソン。 1954〜1956。 みその。 儲かってる 儲けてる のね。 不動産屋。 ダグラム。 特にブロッコリー。 セブン。 2325。 3月10日 大谷凜香。 MCぬらり。 売り切れ!? 間違えた。 有楽町。 ドクターマーチン。 Tこちんの靴。 5026Z MARY JANE。 111703。 ソフトクリーム。 コロッケ。 1134。 梅干し。 1152? トッコちゃん。 三省堂書店。 1146。 百果園。 近所を一周。 焼きそば。 近所を一周。 尾長橋トンネル。 トクサツガガガ第4話。 コーヒーゼリー。 モヤさま。 音のソノリティ。 マーケットプレイス。。。 髭剃る。 カードキャプターさくら クロウカード編 第2話。 3月9日 百耳。 3万円で買い取ります・・・。 他社より3万円高く買い取ります・・・。 近所を一周。 二日酔い。 ザ・デストロイヤーさんに長女を抱っこしてもらったことあります。 あとTシャツにサインをもらいました。 麻布十番まつりだったかなあ。 朝からカルタスGT-i見た。 いいことありそう。 ファミマ。 832。 遅延発生。 降りるなと。 動いた。 カフェ。 BLT。 コーヒー多かった。 刀削麺ではなく。 情報量多い。 飛行機に乗り遅れた人。 減ったな。 豆腐屋さんのドーナツとチーズケーキ。 クレーンゲール。 俺だけ。 八幡神社。 中古ビデオ店が気になる。 キック。 ちょっと待って、信濃路の蒲田店があるの? 大森と平和島にもあるらしい。 バーボンロード。 アニメイト。 あった。 1943。 座れた。 B上くん。 信濃路。 N田くん。 N田くん送別会。 いいよ。 ラスイチ。 3月7日 雨音。 お腹痛い。 バンドエイド。 肘を指摘される。 画面が。 842。 途中から座れた。 0915。 お腹痛い。 可愛らしい声。 「とうたすかかか」。 心愛さんが長期間の虐待で、強いストレス状態にあったこともその死に影響したとみている。 駆けつけた警察官が、上半身にラップを巻かれ、布団に横たわる長女を見つけました。 冷蔵庫は見当たらなかったといい、大量のカップ麺が床に置かれていた。 風呂場の水道は、冷水と熱湯の蛇口のハンドルをそれぞれひねって湯温を調整するタイプだったという。 この施設は6畳ほどのプレハブ建設で、借金苦などで無理心中を図るなどのケースから子供だけでも救うことを目的としたという。 室内には中央にベッドが設けられ、子供を残す際にプレハブの明かりをつけて職員に知らせる仕組みだった。 中には子供が早く発見され安全に保護されるようにと直後に電話で知らせてきた者もいたという。 20 - 30人ほどの乳幼児や幼児が預けられ、その多くが後日親が現れ引き取られたが、一部は児童相談所経由で乳児院など公的施設に預けられたり、同財団の役員を後見人として施設内で養育された。 しかし次第に同施設に預けられるケースは減っていったという。 同施設が1年以上の間に渡って利用されなくなったため、関係者が見回り回数を減らしていたための事故だという。 生まれてすぐ養子に出され、生後4ヵ月で両親(西郷姓)に連れられて台湾に渡ったが、まもなく捨てられ、転々と他人の手で養育された末、5歳のとき菊田家の養子になった。 台湾城北小学校に入学したが、学業半ばで薬種問屋に売られ、年季奉公をつとめた。 その後大阪・神戸で小僧をして夜学に学ぶ。 1925年(大正14年)に上京。 生まれはアイルランドで、1904年アメリカにやってきて、1919年にアメリカの市民権を取得した。 くだらない。 タマゴ。 かぼちゃ。 おそ松さん。 S川さんには悪いけど。 あいつほんと何なの。 パソコン遅っ。 遅い遅い。 日曜雨か。 Jijy。 1711。 りんご。 バナナ。 Y井さんすいません。 M田氏。 休暇簿ない。 休みますメール。 先入観強いなー。 ふざけんな。 悪いけど。 機能不全。 ぼくいまちょっと? だめだこりゃ。 B上くん被弾。 N田送別会? また繋がらねーし。 みその。 またバッテリー切れかよ。 ディアー。 タイムリー。 助けて? セブン。 0145。 ポテチ。 不幸中の幸い。 人生1回分得した。 一日休みたい。 バンドエイド。 1時間休暇。 レスキューカッター。 942。 1012。 ラムネ。 じゃがいも。 個人情報? 郵便局。 寝てる。 5時間・・・。 そこからバス。 1609。 りんご。 バナナ。 筋肉痛。 再起動。 エラー。 不安定。 東京拘置所から午後4時半すぎに保釈された。 青い帽子にマスク、作業着のようなものを着ていた。 その際、人事部長は「高橋の方が立場が弱い」「高橋には妻子がいて、役職もある。 失うものが多いんだ」などと斉藤さんを責めるような発言をしたという。 夕方には帰る』と言って出て行きました。 しかし夜になっても帰ってこず連絡もつかないまま、翌朝、警視庁から『遺体で見つかった』と連絡を受けました」と説明しました。 そのうえで、「妻が友人に送ったラインのメッセージでは、『男から薬物をすすめられて断ったが、日本酒に混ぜられた薬物を飲んでしまった』と書かれていたと聞きました」と話していました。 友理さんはネイリストとして働いていましたが、2年前に結婚したのを機に専業主婦になったということです。 夫は「妻は犬が大好きで、毎朝、私のシャツをアイロンがけしてくれる優しい女性でした。 今は頭が真っ白で整理がつきませんが、犯人は許せない」と、ことばを絞り出していました。 近所づきあいもない人なのでどのような人かわかりませんでした」と 新マン? コピー。 3,000円。 老百姓。 刀削麺。 4Fか。 セブン。 買わず。 3月5日 バンドエイド。 不知火。 800。 シャッター。 生ジュース。 0839。 ジャワティホワイト。 0847。 メルヘン。 850。 いなりおこわ。 900。 2食分。 前橋99。 宇都宮77。 4日午後2時半ごろ、群馬県安中市松井田町横川の越後屋食堂=境谷進さん(87)経営=から出火、木造トタンぶき2階建て店舗約240平方メートルを全焼、隣接する物置約13平方メートルを半焼した。 けが人はいなかった。 はやぶさこまち9。 933。 Cを起こす。 反対だった。 タクシー。 健康が一番だなあ。 M田さん留学? コーヒー。 慎重に。 タクシー。 八甲田。 しじみ。 1720。 しじみ。 1737。 買い過ぎ。 はやぶさ36。 1759。 こまち。 2038。 スルー。 Mさん。 みその。 ウーロン茶。 喋り過ぎ。 相槌も限界。 セブン。 2250。 ディアーの前にタクシー。 3月4日 ヤクルト。 838。 0924。 ろくなこと考えないなうちのボスは。 000。 フリスク終了。 バーミントのチャイ終了。 コンポタ。 郵便局。 東京駅。 明日の切符。 1642。 りんご。 バナナ。 チョコ。 空いてる。 休暇簿。 熊本県で11月に開かれる女子ハンドボール世界選手権大会のPRで、熊本市中心部に掲げられた垂れ幕に不適切な表現があったとして撤去された。 N島さん。 前倒し。 立ち飲み。 レモン。 レジ死亡。 お客様なのか。 みその。 ハイサワー。 イカとかいわれ。 茄子ない。 はんぺんバター。 雑巾ではなく。 3月3日 雨。 ステッカー落札。 カルピスじゃぐちではなく。 3月2日 二日酔い。 やばい。 Fみちゃん学校。 百耳ではなく。 焼きそば。 不知火。 ジャイアントコーン。 歯まんではなく。 3月1日 3月になっちゃった。

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